長野県ストリートダンス普及協会 ダンスを通じて、個性を表現し、互いを認め合う
中学校体育でダンスが必修化されたのは2012(平成20)年度。小学校の指導要領にも「表現運動」として、ダンスが組み込まれ、義務教育の9年間を通じて、子どもたちはダンスを学んでいます。
ダンスは、「創作ダンス」、「フォークダンス」、「現代的なリズムのダンス」で構成されていますが、中でも近年、注目されているのが「現代的なリズムのダンス」に分類されるストリートダンスです。
ストリートダンスは、名前の通り、路上(ストリート)で踊られるダンスの総称。そのスタイルは、2024年のパリ五輪の追加競技となったブレイクダンス(ブレイキン)や、ロック、ポップ、ハウス、ヒップホップ、ソウルなど多彩です。2020年には、日本でプロダンスリーグ「D.LEAGUE(Dリーグ)」が発足。SNSでは、「踊ってみた」という動画も多く見られます。
よりダンスが身近になる中、「一般社団法人長野県ストリートダンス普及協会(NSDA)」は県内の小中学校でダンスの授業を行っています。NSDAを立ち上げたのは3人のプロダンサー、小林悠里(ちびゆり)さん(ロックダンス)、安威梓(Azsa)さん(ヒップホップ)、真鍋謹良(CHOPPA→)さん(ブレイキン)。授業を通じた子どもたちの変化をはじめ、ダンスの持つ魅力や可能性について、お話を伺いました。
授業でも、休み時間でも、体が自然とダンスする
まずは、県内で開催している授業の様子を紹介します。この日、訪れたのは安曇野市立明南小学校。週1、全4回行う授業では、「明南まつり」で披露するダンスを学びます。1年生と6年生はロック、2年生と4年生はヒップホップ、3年生と5年生はブレイキンです。
同校での取り組みは今年で3年目ということもあり、2年生以上の児童はリラックスした雰囲気。曲が流れると自然に体が動きます。初めてという1年生は、ダンスというよりは激しい動き(?)、という感じではありますが、とにかくとても楽しそうです。
取材当日は、今年2回目となる授業。隣にある明科中学校の生徒も参加しました。最初に体育館に集まったのは、小学校1年生、6年生、中学校1年生。準備運動をして、「先週、踊ったの覚えてる?」というちびゆりさんの問いかけの後にまずは復習。嵐の曲「A・RA・SHI」に合わせて踊ります。
- 先週の復習
- 1年生が踊る様子を見つめる上級生
1年生には、「くるりん、ロック、犯人はお前だ!」、「ジャンプで上から雑巾取って、床を拭いてお掃除」などイメージしやすい言葉で表現しながら、動きを確認。6年生や中学1年生には「慣れてきたら一つ一つの動きを大きく」「そうそう、カッコよくなってきた!」など声をかけます。
- 「明科音頭」ヒップホップバージョン
- 飛行機のポーズ
曲の最後、サビのテンポをゆっくりにしたところの振り付けは、「明科音頭」をヒップホップバージョンにアレンジしたもの。Azsaさんが動きを教えます。
最後は3人が「それぞれの良さがある」、「間違っても気にしないで楽しんで」、「少しずつできることが増えているから頑張ろう」とエールを送って授業が終わりました。
- 3年生と5年生はブレイキンを練習
- 他の学年の児童も見ているうちに一緒に踊り出す
休み時間には、次の授業を受ける児童が体育館にやってきて、音楽に合わせて自然と踊り出していました。「踊るの楽しい」「ダンス大好き」という気持ちが伝わってきました。
子どもたちが成長する姿を見て、ダンスが持つ可能性を感じた
日を改めて、長野市立裾花中学校でNSDAの3人にインタビューしました。NSDAの設立は2022年2月。そのきっかけとなったのはNHK長野放送局の「イブニング信州」で放送された「おうちでDISCO」です。コロナ禍の2020年5月、外出ができない状況の中、一緒に踊って気分転換ができるようにと始まった企画でした。視聴者からダンス動画を募り、一つにつなげて紹介するうちに「ダンスには人と人をつなげる力がある」と、8月からは新企画「みんなでDISCO」がスタート。ちびゆりさんと同局の西川典孝アナウンサーが県内各地を訪れて一緒に踊ったり、ダンスを教えたりするようになりました。「これは2人だとなかなか大変」と、ちびゆりさんがAzsaさんとCHOPPA→さんに声をかけ、レギュラーメンバーとして参加。こうして3人が共に活動するようになります。
もともとはテレビの企画で県内の小中学校や高校へ行っていたんですね。
ちびゆりさん
コロナ禍ではオンラインでしたが、落ち着いたタイミングで、一緒にダンスができるリアルな場を作ろうという企画になりました。教えるとなると、最初は技術的なことを考えていたのですが、やっていくうちに技術ではなくてむしろ、気持ちの面での変化とか、子どもたちが成長していく姿が見えてきて、これはとても可能性を秘めていることなのではないかと思うようになりました。テレビの企画で終わってしまうのはもったいない、もっとこの活動を続けていきたいと思ったのが、法人を立ち上げたきっかけです。
授業は子どもたちの楽しそうな姿が印象的でした。3人とも、スクールなどでダンスを教えた経験はお持ちですが、授業というのはまた違いますか?
Azsaさん
よく3人で言っているのは、体を動かすことが得意な子も苦手な子も、小学生のうちは「やろう」って言ったら皆やってくれるんですが、中学生になるとそれだけでは難しい。
番組時代に行った長野市立三陽中学校で、最初にドカンと雷を落としたんですが、それをきっかけに生徒の心の変化を感じました。怒ることが良いわけではないんですが、やはり真摯に向き合うということは大事にしています。その時は、生徒たちが「こういう向き合い方は良くないんだ」「今まで学校では教わってこなかったけど、この人たちはこういうことを教えてくれるんだ」と感じてくれたんだと思います。
もちろん全員がそれで向き合えるようになるわけではないですが、最初は体育館の外で見ていた生徒が、2回目は体育館の端っこにいて、最終的には皆と一緒に発表ができるようになった、ということもあります。
CHOPPA→さん
授業で子どもたちと接していると、一筋縄ではいかない。スクールに来るのはダンスをやりたいという子ですが、授業ではダンスや体を動かすことが好きではないという子もいる。そんな中で、ダンスの楽しさというか、ダンスを通じて、生きていく上で大事なことや、物事に向き合う上で大事なことを感じてもらえればと思っています。
3人に共通しているのが、ストリートダンスを本気でやることで、人生が豊かになったという実感を持っていること。授業でも、最初の1、2回は技術的な部分、振り付けなどが中心になりますが、「ストリートダンスをやりましょう」ではなく、自分にとって好きなもの、本気になれるものを焦らず見つけてほしいということを伝えていきたいですね。
垣根をなくし、ストリートダンスをより多くの人に
皆さんは、ストリートダンスとはどのような出会いを?
ちびゆりさん
子どもの頃は、クラシックバレエやソーラン節をやっていて、ストリートダンスと出会ったのは松本蟻ケ崎高校です。ダンス部があって、とても新鮮に映りました。
東京の大学に進学した後もダンスを続けて、ストリートダンスバトル「DANCE@LIVE」の大学生部門で優勝して、プロダンサーの道へ。2011(平成23)年に活動拠点を松本に移してからは、ダンスレッスンなども行っています。
Azsaさん
僕は中学3年生のときにテレビで見た「DA PUMP」の皆さんですね。たまたま見ていた番組で、4人が出てきて、ラジオ体操の音楽が始まったんです。「え?」って思ったら曲がリミックスされていて、そこからヒップホップとかハウスとかに変わっていって、「なんだこれ、すごい」って釘付けに。そこから4人が得意なジャンルをマイクパフォーマンスしながら踊っていくのが超かっこよかった。ダンスにいろいろなジャンルがあることを初めて知りました。
CHOPPA→さん
僕はテレビ番組、「めちゃイケ(めちゃ×2イケてるッ!)」ですね。僕の世代は皆そうじゃないですか?(ナインティナインの)岡村隆史さんのダンスを見て、経験したことがない衝撃が走って、すぐにやりたい!ってなりました。でも、どうしたらいいか分からない。ダンスの始め方が分からなかったんです。
今、僕の生徒で一番小さい子は4、5歳なんですが、めちゃくちゃうらやましいですよ。皆、僕より早く始めているんじゃないかな。
Azsaさん
中学生で出会って、高校生で本格的に始めて、それから東京に出て、レッスンで教え始めたのが21歳くらいのときでしたね。同じタイミングで松本のダンススクールからも声をかけていただいて、月に1、2回は戻ってきて。Uターンしたのが今から10年ほど前です。
僕が高校生の頃は、パソコンやガラケーはありましたが、インターネットはまだ普及していなくて、情報を得ることが難しかったんですよね。東京、ましてや海外からは何カ月、何年も遅れたものが流行っている。それが悔しかった。長野県で生まれて、長野県でダンスを始めたのに、全部遅れたまま進んでいる感覚がありました。
今、僕が踊っているのはヒップホップダンスの中の「ライトフィート」というスタイルなんですが、僕らが始めるまでは、日本にその文化はなかったんです。今はニューヨークの人たちとも交流を図りつつ、ヒップホップの文化と共に、若者たちを導いていくという役割を担わせてもらっています。「ライトフィート」は県内は僕のところだけで、国内でも数は少ない。高校時代に思い描いた「世界基準のことをやる」っていうのは一つ実現できていますね。
NSDAとしては、今後どのような活動を?
ちびゆりさん
今は学校への出張授業がメインになっていますが、最近は、ダンスを教えるだけではなく、ちょっと新しい試みも始まっています。個性の表現や、お互いそのままを認め合う、という部分で中学校のキャリア教育や人権講話の授業でお話することがあるんです。
CHOPPA→さん
個性の表現や互いを認め合う、という部分は、ダンスじゃなくても考えることはできる。でも、ダンスだから伝わりやすいという面があると思っています。
ストリートダンスは、「こうじゃなきゃいけない」「こうしなきゃいけない」というのがなくて、各々が持っている身体的な特徴やパーソナリティを生かすことを最も大事にしています。僕自身も、たぶんほかの2人もストリートダンスに救われてきた経験がある。だから指導するときも「あなたたちは本当にそのままでいいから、もっと自分を出していこう」「本気で取り組むことで、あなたの人生がきっとより豊かになる」という話をしています。
Azsaさん
活動を続ける中で、今までやってきた経験、肌で感じてきたもの、そして今やっていることに自信が持てるようになりました。全国的に見ても、このような取り組みはまだ少ないんじゃないでしょうか。だから、僕たち3人で、というよりは、ダンサーもダンサーじゃない人も巻き込んで、ストリートダンスの垣根をどんどんなくしていきたいですね。
CHOPPA→さん
NSDAとしては現在、学校への普及事業とイベント事業を2本柱にしているんですが、人材の確保が課題です。長野県は広いので、3人だと正直、全県カバーというのは厳しい。普及と共に、人材育成にも力を入れていくことができればと思っています。
ちびゆりさん
今は、普段、ダンスをやらない人でも楽しめるようなフェスや、練習の成果を発表できる高校生ダンスコンテストなど、地元企業とコラボしながら取り組んでいます。もっといろいろな場面で、ストリートダンスがお役に立てるはず。これからも、ストリートダンスをより多くの人に知ってもらえるような環境づくりを、さまざまな人たちとも協力しながら進めていきたいです。
取材をした明南小学校、そしてインタビュー後に授業を見学した裾花中学校で、先生方にもお話を伺いました。
明南小学校の松田透教頭は、番組時代に授業をしていた三陽中学校にいたそうで、「コロナ禍でいろいろなことを諦め、無力感を抱えた中学3年生の生徒たちが、徐々にダンスを楽しむようになる姿を見てきた」と振り返ります。3年前に同校に着任して、直接NSDAに授業を依頼。隣の中学校、そして町全体へと取り組みを広げ「明科をダンスの街『A・KA・SHI・NA』にしたい」と言葉に力を込めます。
裾花中学校の土屋次男校長は、なんとちびゆりさんの中学時代の理科の先生。前任が三陽中学校校長で、やはり生徒たちの成長を感じていたとのこと。実は前の週に、3人がガツンと雷を落としていたそうで、「直後は皆、ちゃんとやるんだけど、それが持続するかどうか…」と言いつつ、その変化に目を細めていました。
NSDAが理念として掲げるのは「未来を担う子どもたちの心を育てる」。ダンスに触れ、自分自身を自由に表現できる楽しさを知る子どもたちが、これから増えていくはずです。
取材・文:山口敦子(タナカラ)
インタビュー撮影:やまぐちなおと
2022年2月設立。
「ストリートダンスを通じて未来を担う子どもたちの心を育てる」をミッションに掲げ、教育現場でのダンス指導を中心にさまざまな活動をしています。