信州から、ともにつくる「アート×気候変動」のアクションー信州アーツ・クライメート・キャンプ鼎談【後編】
長野県内で文化芸術に携わる人たちが気候危機や環境問題に対してアクションしていくための、連携や学びや実践の“場”、「信州アーツ・クライメート・キャンプ」。前回はその立ち上がりの経緯とともに2023年度の活動を振り返りました。
今回も、案内人である信州大学人文学部教授の金井直さん、インディペンデント・キュレーターのロジャー・マクドナルドさん、コーディネーターで事務局を担当する信州アーツカウンシルの野村政之さんの3人に、1年間の実践を経て感じた課題や、今後の展望をうかがいます。
「信州アーツ・クライメート・キャンプ」(以下、キャンプ)を1年間行ってきましたが、課題のようなものは感じていますか?
ロジャー・マクドナルド(以下、ロジャー)
始めて半分くらい経った辺りから、「僕たちは車をすごく運転している」という話が出始めましたよね。つまり、キャンプをやること、あるいは信州アーツカウンシルの普段の仕事について内省が始まった。もしかしたらそれまではカーボンフットプリントをあまり意識していなかったかもしれませんね。
野村政之(以下、野村)
第3回の〈会議〉(『地球の今、美術館の明日~持続可能な未来をめざして~』)で、NPO法人AIT(Arts Initiative Tokyo)の塩見有子さんには、「アート・プラクティス」と「アート・システム」の2つの観点からお話しいただきましたが、アートシステムにかかわる産業や日々の仕事に関しては、いつ、誰でも、どこからでも始められるということが、だんだん腑に落ちてきましたね。
ロジャー
実際に信州アーツカウンシル自体もカーボン監査をしよう、ということになったんですよね?
野村
はい、いまやっているところです。
ロジャー
僕たちがメンバーになっているギャラリー気候連合(GCC/Gallery Climate Coalition)が上手いなと思うのは、「アクション」という言葉にすべてを集約しようとしていることです。もちろん、思想や哲学や歴史の話をしてもいいんですが、でも、“Finally, we have to act”と強調するんですよね(笑)。行動しないと、とにかく時間がない。
- 〈会議 vol.3〉11月23日
- Gallery Climate Coalition
野村
確かに、自分たちが実践している姿を見せるということが、メッセージとしては一番わかりやすい。
ロジャー
もちろん、キャンプを開始したこの1年で、いろいろな矛盾もあったと思います。かつての先住民のようなアボリジナルな生活をしない限り、気候問題に対して100%純粋なポジションを取るのは不可能だというのは事実ですから。
それに環境問題って、意外と、それぞれの人の「コア」を刺激する話じゃないですか。なかには怒ったりイライラしたりする人もいれば、「俺の存在意義を批判しているのか」というリアクションもあったし、逆に「どうせダメなんでしょ?」とお手上げ状態の人もいたし。
だから、「できるところから」というように、グラデーションを丁寧につけながら話をしないといけないなと、すごく感じました。
野村
ロジャーさんは当初から「気候正義(climate justice)」の話をしていましたよね。実は僕、なぜ「正義」とまで言うのか、最近までわからなかったんです。だけどいまは、「環境意識というのは人権意識と同じである」という感覚になりました。つまり、「他人の人権を大事にすることは、自分の人権を大事にすることである」というのと同じように、「環境を意識することは、ほかの人にとっても生きやすい社会をつくることである」と。
第2回〈会議〉(「アート×気候危機~不可能かもしれないビジョン~」)のテーマもそうですけど、単純に、答えがわからないし、成功するかどうかもわからない。だけど、前向きにやっていくしかない、と思えたんですよね。
金井直(以下、金井)
学生も同じことを言っていたんですが、日本語で「正義」というと、どうしても「力」を連想しますよね。だけど、たとえば西洋の寓意像の「正義の女神」が手に持っているのって、「剣」と「天秤」じゃないですか。だから剣=力だけではなく、天秤=どうやって均衡を取るかが、「正義」の背後にはある。
ロジャーさんが先ほど矛盾と言われましたけど、茅野先生は第1回の〈会議〉(「信州発、アートとゼロカーボンの明日へ」)で「緩和と適応」と言っていましたよね。それって、矛盾に対するひとつの筋というか、バランスを求めていく態度だと思うんです。
その意味では生きる実践でもあって、場合によっては自由の問題とか、僕らが共有している価値全般ともつながることだと思います。
ロジャー
英語で“low-hanging fruit”という言葉があるんですが、いまの段階はそれだと思うんです。つまり、果樹の一番高いところになっている果実ではなく、まずは低いところになっている果実から収穫しよう、と。確かに、現実的にはそこからやるしかないですよね。
ロジャー
例えば、第4回の〈会議〉(「森で語らう、自分たちの環境・アート・暮らし」※1)は中川村の「奏の森」で開催されましたが、日本のパフォーマーやミュージシャンのおそらく8割は大都会に住んでいるわけですよね。ビジネスとして成り立たせるためにライブをやるには都会のほうがいいですから。
だから、すべての人が奏の森と同じようにセルフビルドで何かをつくれるのかと考えると、都会のど真ん中で家賃を払って、というシステムのなかにいて「どこから始めたら?」となっている東京のアーティストやギャラリストに対しては、違うレスポンスが必要になると思うんです。やっぱり、産業的なシステムにも介入して働きかけないといけなくなる。
例えば僕が『恵比寿映像祭』に作家として参加したとき、いろいろなものを望月から東京まで運搬したんです。キュレーターを通じて運送会社には事前に「できればプラスティックではない、リサイクル可能なものを使えたらうれしい」と伝えたんですが、最終的にはコストの問題、そして「そもそもそういうものがない」と言われ、結局プラスティックを使うしかなかったんです。
だから、いくら「やろう」という意識があっても、システム上、応えてくれない。だけど、声をあげることくらいはできるじゃないですか。
※1
2024年1月20日開催。荒廃した森を仲間と開拓してつくられた、持続可能なかたちでアートと暮らしが重なる場「奏の森」の紹介と、2023年度の信州アーツカウンシルの主催・支援活動の紹介、参加者同士の交流会が開かれた。
野村
資本主義・消費社会を適応させていくのと、資本主義から排除されてしまっている知恵を近づけていくのと、両方の作戦がありますよね。それって結局、何を大事にして自分の近くに置いて、日常生活において何を選びとるか、という話だと思うんです。ある意味、「今の社会で、自分はこうでなければならない」という生き方から解放される、「違う生き方がある」と思わせてくれる、ということでもある。
金井
ひとりのアーティストが生涯でどれだけの作品をつくるのか、制作活動が維持されるための作品量も問われますよね。「食べていかないと」というのはわかるが、だけど本当にそんな量が必要なのか……。
ロジャー
第3回の〈会議〉で、世界的なビジュアルアートセクターにおける二酸化炭素排出量のうち6~7割を「来場者の移動」が占めているという、美術館の存在意義そのものを揺るがす驚きの数値が提示されましたよね。
それでこの間、東京の森美術館で行われたシンポジウムにMoMAとテート美術館の館長が登壇していたんですが、二人とも気候危機に対して意識が高くて、なるべく多くの人たちをどこからでも呼び集めて観客動員を増やすという、これまでのビジネスモデルを「根本的に考え直さないといけない時期に来ている」とはっきり言うわけです。これは相当なことですよね。収入が減る可能性はかなりあるし、いろいろなものが変わるだろうし。
野村
「収入=ゆたかさ」とは違う観点に転換していくとき、「文化のゆたかさ」という要素がもう一度見直される、と僕は感じています。
民俗芸能研究者の先生が、南信州にたくさんの文化が残っていることを指して、「何百年という昔から今にこれだけのことが残っているというのは、この地域、土地がゆたかじゃないとできません」と言っていて、深く納得しました。そんなふうに昔のものや昔のあり方を見ることは、すごくヒントになるんじゃないかと。
気温上昇とか、化石燃料の消費が上がるとか、わずかこの50年の話じゃないですか。それを現行世代の私たちはよく自覚した方がいいし、「変えられない」なんて言っている場合じゃない。
金井
300年ぐらいの単位で見たほうがいいですよね。移動速度にせよ展覧会のサイクルにせよ、あるいは過去にあったことを忘れるということも含めて、いまは時間の早回しを求められ過ぎています。そのリズムを少しずつスローモーションに切り替えていく必要があるんじゃないか。多分そのときに、アートは価値を与えてくれると思うんです。ひとつひとつの手の動き、指の動き、描くこと、見ること……。
ロジャー
アートは、その誕生の瞬間からそうですよね。
金井
そう、セザンヌの絵の前に3時間立ち止まらせるとか(笑)、アートはそういう力を与えてくれるわけですから。
金井
我々は今年度、いろいろなことに気づいたわけです。気づいたなら、やってみよう、と。あまり成果が上がらなくても仕方ないですが、とにかく一歩、やってみる。
2024年度は、県立美術館や『シンビズム』※2のような場に集うアーティストや関係者と、今年よりもさらに具体的な取り組みに入っていきたいですね。あるいは、例えば松本ならば、地域の芸術祭である『マツモト建築芸術祭』に連動して、意識を共有するためのシンポジウムを開催するとか、現場とのかかわりを増やしていけると面白いですよね。
それからやっぱり、こういうことをやると人との付き合いが増えるのがとても嬉しい。個人的には大学の理学部の先生方からさらに科学的な知見を得て、人類史的な視点を超えた地質的な観点も加えて、人新世の議論を片方に意識しながら、より深く地球を知るとか、どんどん俯瞰してもいいと思っていますね。
おそらく、アーティストにとっては、そうした機会はすごく刺激的だと思うんです。そのような知識の交換や学びの機会を、もっと増やしたい。
※2
2016年から始まった、県内の美術館などに所属する学芸員が協同して長野県ゆかりのアーティストを選出し、作品を展示するグループ展。2023年までに5回開催された。
https://shinbism.jp/
ロジャー
それから、発信も重要ですよね。信州でやりつつ、他県のアーツカウンシルとつながるとか、シンパシーを持てる先生方とのネットワークを信州以外にも広げたっていいわけです。例えば、東京や大阪でキャンプをやってもいい。まさにキャラバンのように。
野村
信州アーツカウンシルとしては来年度、これまでの活動を紹介する事業をやろうと思っているんです。県内を旅して、できるだけ県民から近いところに運んで展示する、という内容で。そのなかに信州アーツ・クライメート・キャンプも入れていきたい。
それから、まだたくさんいる県内の実践者の話を拾っていきたいという気持ちはあります。今回制作したポッドキャスト(「気候とアートのダイアローグ」)もすごく面白かったですから。
- しなの長沼お屋敷保存会のインタビュー
- Protect Our Winters Japan のインタビュー
ロジャー
それから、例えば無料で炭素監査できる日本語版のカリキュレーターとか、リサイクルの梱包材のある場所とか、そういう役に立ついろいろな道具がわかるといいですね。AITでは東京のアートシーンに対してリスト化しようとしているんですが、その信州版をオンラインでもオフラインでもリスト化する、とか。
野村
確かに、それぞれの活動を自己評価していける環境もいいですよね。二酸化炭素の排出をどれだけ抑えられているのかを見せ合うとか。例えば、団体の取り組みごとに何パーセント削減したかがサイトで可視化されているとか、環境に配慮している取り組みに寄付が集まるような仕組みがあるとか。
ロジャー
グリーンバッジみたいなものをつくって、例えばカーボン監査を一年実施した団体にはバッジをあげて、それがウェブサイトに載っていて……とか。
野村
それから、7月か8月の暑すぎる時期に、標高の高いところで涼しいイベントをやる、なんていうアイデアもあります。
ロジャー
あ、いいですね(笑)。
野村
長野県だから高原にアクセスできる。まあ、そこまで行く車が問題なんですけど。そういうときに、バスやEVの選択肢は欲しいですよね……。こうやって、やろうとすると、必要なことが見えてくる。
とはいえ、こうした在野の取り組みは、ネットワークとして響く人には響くんですが、大きく現実を動かすにはアカデミズムや国・自治体の制度なども含めたストラクチャーが必要だとは感じています。
ようやく今年度の終わりに「ドキュメントブック」をつくることで、「私たちはこういうことをやっています」と言える自己紹介ができる。そこからオフィシャルな人間関係をもっと広げられたらいいなと思います。
信州アーツ・クライメート・キャンプが始動して、この1年間の活動をおさめたドキュメントブック「ともにつくる気候×アートのものがたり Shinshu Arts-Climate Camp Document Book 2023-2024」が、2024(令和6)年3月22日(金)に行われる〈総会〉で配布開始となり、オンラインでも公開される予定です。自然と深く関わる信州・長野県を地域性を土台に、文化芸術活動を通して、気候変動や環境持続性について考え、取り組む人の連なりをさらに広く繋いでいく、今後の展開が楽しみです。
編集:岡澤浩太郎
Shinshu Arts-Climate Camp <総会> 2024
キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
3月22日(金)~ 20日(日)18:30〜20:30 ※30分前開場