地域でさまざまな人が出逢い、ともにバリアフリーの場をつくる「まるっとみんなで映画祭 2023 in KARUIZAWA」
2023(令和5)年11月に軽井沢で、ユニバーサルな映画祭「まるっとみんなで映画祭」が開催されました。障がいの有無・種類や、言語・文化・ジェンダーの違いなどに関わりなく、さまざまな人が集える場作りを目指して、手話通訳や字幕、音声ガイドなどの情報保障を行い、運営面においてもさまざまな配慮を施しての実施となりました。開催に至るまで、東信地域の調査活動、さまざまな企画の発案など公募した人たちとの研修・企画の活動も工夫して作られていた事業でした。
今回は、映画祭のプロデューサー、ディレクターの2人と、調査団として参加した方にお話を伺いました。
2023年11月17日(金)〜20日(月)に、軽井沢町中央公民館で「まるっとみんなで映画祭2023 in KARUIZAWA」が開催されました。4日間で 12作品の映画上映やさまざまなイベントが開催され、それぞれに手話通訳、日英通訳、バリアフリー字幕(聴覚障がいがある方向けに、話している調子や流れている音楽など「音」の情報を伝える字幕)や音声ガイド(視覚障がいがある方向けに、情景や場面、登場人物の動きなどを説明するナレーション)、英語字幕など映画鑑賞する上での障がいとなりうるさまざまな事柄に対応したサポートが添えられたユニバーサルな映画祭でした。
また、主に3歳〜8歳の子どもたちを対象としたキッズフレンドリー上映や、声を出したり、身体を動かして鑑賞してもよい上映会やライブパフォーマンスなども行われ、障がいのある人もない人も、日本語を母語とする人もしない人も、子どもからシニアまでまさに「まるっとみんなで」楽しめる映画祭となっていました。
メイン会場となる公民館の大講堂は、淡いピンク色やオレンジ色をメインとしたバルーンアートで彩られました。公共施設の地味なイメージが一変し、海外の学園ドラマの文化祭のような明るく楽しい雰囲気。ステージに設置された大型スクリーンを正面にぐるっと半円形に並べられた茶色のソファ席、子どもたちが遊べる色んな形の柔らかいブロックがたくさん置かれたござ席。鑑賞サポートなどの面だけでなく、環境から安心してリラックスして映画を楽しめるようにという配慮が感じられる会場づくりでした。
この素敵な映画祭の運営をしていたのは、プロデューサーの中村茜さんとディレクターの大久保玲子さん、そして約1年間、地域のリサーチから企画立案・運営までを共に行ってきた「まるっとみんなの調査団」と呼ばれる東信地域の市民を中心としたメンバーの皆さんです。
今回は、中村さん、大久保さん、そして「まるっとみんなの調査団」の御園若菜さん、石巻顕さん、高橋ありすさん、眞木美津恵さんの6人にお話を伺いました。
軽井沢で「まるっとみんなで映画祭」を開催することになった経緯は?
中村さん
わたしは2022(令和4)年に軽井沢に移住してきました。もともと舞台やイベント制作の会社を経営してまして、その会社の事業として、バリアフリーのオンライン型劇場「THEATER for ALL」の運営や他の地域で映画祭も開催してきました。さらには、東京オリンピック・パラリンピックの機運の中で、日本財団が主催したTrue Colors Festival ~超ダイバーシティ芸術祭~の事務局を運営する機会をいただき、それ以降、障がいだけでなく、性、国籍、言語、世代などさまざまな属性の方が混ざって楽しめる”芸術祭”のあり方を模索してきました。
移住をきっかけに、軽井沢や長野でしかできないことに挑戦したいと思っていました。そして軽井沢でやるならアートファン向けのアートの場ではなく、さまざまな地域の方々が参加したくなる生活に密着した芸術文化の場を作りたいと思っています。また、長野は信州アーツカウンシルができさまざまな地域独自の活動が顕在化してきているので、将来的に芸術文化がより地域で活性化していく期待もあります。映画祭にするか芸術祭にするか迷いましたが、軽井沢には映画館がなく、映画の方が間口が広く親しみやすいのではないかということで、「映画祭」という形をとりました。
「まるっとみんなの調査団」(以下、調査団)について教えてください。
中村さん
2022(令和4)年の夏に「インクルーシブな映画祭をやるので一緒に研究したい人いませんか」とネットやチラシで公募をかけて15名ほど集まってくれたのが「調査団」のメンバーです。軽井沢、上田、小諸、安曇野の県内各地のみならず東京からも応募があり、年代的にも社会人だけでなく大学生、高校生もいて多様な人材が集まってくれました。
調査団とは約1年かけてさまざまな研修、地域のリサーチを重ねてきました。軽井沢病院の院長・稲葉俊郎先生に話を聞きに行ったり、上田で障がい福祉に取り組むNPO法人リベルテや民間文化施設「犀の角」の福祉と文化が連携している事例を見たり、軽井沢の診療所「ほっちのロッヂ」では、にじいろドクターズの坂井雄貴さんからLGBTQについてのレクチャーをうけたり、重度身体障がい児の音楽ワークショップをやったり、軽井沢の山あいに80カ国余りの人たちが集住しているインターナショナルスクール「ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン」の映画クラブの先生・生徒たちと繋がったり。
そうやって、アート×医療、アート×福祉、アート×教育など多分野で表現している人たちの視察をしてきて、2023(令和5)年 2月に「企画報告会」を行い、調査団にはそれぞれ視点で企画を出していただきました。
調査団の皆さんは、どうして参加しようと思ったんですか?それぞれの動機と、今後、映画祭でやってみたいことがあればお伺いできますか。
御園さん
わたしも軽井沢には移住してきて、居心地の良いコミュニティがあればいいなと思っていたところに、中村茜さんと出会って映画祭の話を聞き「面白そう!」と思い参加しました。日常の社会生活の中で、「インクルーシブ」という言葉が使われていても実際にはインクルーシブじゃないじゃん!と思う場面が結構あるので、「インクルーシブ」ってどういうことか、というのが経験できる場所が必要だなと思っていました。今後は中軽井沢駅の前を歩行者天国にしたりだとか、もっと「祭」っぽいサイドも作って、より地域に溶け込んだ自然なイベントにしていけたらいいなと思います。
石巻さん
僕は上田のリベルテのスタッフから聞いて、インクルーシブとかにそれほど興味はなかったけれど、面白そうだと思いました。今回は実現しませんでしたが、やはり長野県は移動の足がないと不便なので、タクシーやバスをより活用して、タクシーの中で映画上映をしたりしてみたいです。会場ももっと増えれば幅が広がったかなと思います。
高橋さん
わたしは大学で人文系の専攻をしていて元々芸術分野に関心があったのと、インクルーシブについて授業で扱われたこともあって、自分の興味と学んでいることを実践できる場だと思い参加しました。映画『ドキュメント軽井沢』の制作を中心にやらせてもらって、自分たちで映画が撮れるんだ!というとても達成感がありました。今回スケジュール的に映画の中でインタビューできなかった人たちにも話を聞いてみたいです。『ドキュメント軽井沢』の続きができたらいいなと思っています。
眞木さん
医療や福祉、映画にも興味があり参加しました。わたしは小諸に移住して約10年が経ちますが、移住者の気持ちのまま、なかなか深い友達もできないなと思っていました。この映画祭を通じて、調査団のメンバーは親しく長く活動を共にした大切な仲間たちになりました。これからも定期的に、発展的につながっていってほしいと思います。
映画祭開催までの感想、実感などいかがでしたか。
中村さん
今回は立ち上げの年。誰もどんな映画祭になるか分からない中で、まずは実現させて、ユニバーサルな場をみんなで体験することに重きを置きました。障がいがある人もない人も一緒に楽しめるにはどういうプログラム、鑑賞環境、宣伝方法が良いのか。地域の多様な方々に向けて周知するにはオンラインだけでは駄目でチラシを学校配布したり新聞折込したり。チラシもカードサイズのものやひらがなだけのものなど色々なバージョンを作りました。ギリギリまでさまざまな会場の候補を出して可能性を探っていましたが、屋内で、暗幕があり上映に適していて、地元の人もワクチン接種などで慣れ親しんでいる中央公民館は地域の映画祭としては最適でした。
映画祭のコンテンツはどのような意図で構成されましたか。
大久保さん
今回は「自分らしさ、その人らしさをあらゆる人に。」という言葉に込めて、“多様性”をさまざまな角度からとらえられるような上映作品を選んでいます。個性や障がい、性のあり方をどの世代の人も自分ごととして感じたり、考えたりすることができるよう、アートに寄りすぎず、エンタメに寄りすぎず、地域の人たちの色んな顔を思い浮かべながら、妥当なバランスの作品を選びました。また、軽井沢は大人の文化は成熟しているけど、子どもたちが集まる場所が意外とないということで、「ティーンエイジャーの集まる場所」という裏テーマもありました。ISAKの子たちが企画したお楽しみDJパーティーなんかはその一つです。
軽井沢という町で映画祭、芸術祭を行うことの意味についてお考えを聞かせてください。
中村さん
東京と比べ医療、学校、行政など地域の関係者・有識者がとても近いことに地域の可能性を感じています。一方で、小さな町の行政の推進力に過度に期待するのも限界があると感じます。
地域型の芸術祭は従来のように芸術監督がトップにいるようなトップダウン形式という時代ではないので、地域の人たちからボトムアップで立ちあがってくる「こういうことをやってみたい、実現したい」というパッション、アイデア、思いをつなぎ合わせてビジョンを創ることが、わたしたちの存在に期待されていることなのかもしれないと感じています。町の人たちが自分たちでやってみたいというふうになってきたら、他にない事例になると思うので、町の人たちが気軽に関われる仕組み作りをしていきたいです。
大久保さん
これからの芸術祭は一人の一つのディレクションで行うものではないと感じています。大きな資本をかけてバーンっとやればかっこいいものはできるけど、意外と、そうじゃない仕組みの方がいいのでは?と思っている若い子たちがいると思う。2、30代の若い世代のほうが社会の仕組みや課題について意識的に考えていると思うので、わたしたちの役目は、そういう子たちの力を引き出してあげることだと思います。
今後の展望を教えてください。
中村さん
2023(令和5)年2月の企画報告会で提案されて、今回実現できなかったことがまだたくさん残っているんです。なので、まず調査団の皆さんからいただいたアイデアを形にできるように動いていきたいです。また、ビジョンとしては軽井沢での映画祭だけでなく、安曇野とか小諸とか調査団メンバーがいる他の地域でもユニバーサル上映会ができると良いですね。ユニバーサルな輪を広げていきたいです。移動型キャラバン上映会というのもいいかもしれません。それから最終目標としては軽井沢に根ざした、障がいのある人もない人も外国の方も、シニアからこどもまでわいわい集えるようなアートセンターを作りたいです!
「まるっとみんなで映画祭」のいくつかのプログラムに参加して、ゆったりとあたたかい空間で、日本人も海外の人も、障がいのある人もない人も、子どもも大人も誰もが自然に映画やライブを楽しんでいる様子を体験して、こんなふうにできるんだと素直に感激した記憶はまだ新しいです。上のやりとりに入れられませんでしたが、「日本は何でも分類・ジャンル分けしすぎる(障がい者と健常者など)、アートの場ではそういうふうにしたくない」「アートは色々なものをつないでいける」というお話もありました。本当にその通りだなぁ、というのが体感できる映画祭でした。こんなにすごい、素敵なことがどうやったらできるのだろう、という気持ちでお話を伺いましたが、東京から移住してきたいわばアートのプロが中心となりつつも、調査団のメンバー一人一人が原動力となって、さまざまな事情、思いを反映して成り立った映画祭なのだということがわかりました。今回は記念すべき一回目の開催ということで、今後の開催がとても楽しみです。
取材・文:草深友貴、野村政之
まるっとみんなで映画祭2023 THEATRE for ALL
インスタグラム THEATRE for ALL
2023年11月17日(金)~20日(月) 会場:軽井沢町中央公民館、上田映劇
当日のレポートは、THEATRE for ALLに掲載されていますのでご覧ください。
・みんなで集う場を作る「ユニバーサルな映画祭」ってどんなもの?~まるっとみんなで映画祭開催レポート~
前編/後編
《用語解説》
インクルーシブ:「包括的な」「全てを包み込む」という意味の言葉で、さまざまな背景を持つあらゆる人が排除されないこと、障がいの有無や国籍、年齢、性別などに関係なく共存すること。
(参考URL https://sdgs.kodansha.co.jp/news/knowledge/42229/ ))
バリアフリー字幕:聴覚障がいがある方向けの字幕。セリフだけでなく話している調子や流れている音楽など「音」の情報を文字にして伝える。
音声ガイド:視覚障がいがある方向けに、情景や場面、登場人物の動きなどを分かりやすく説明するナレーション。
文字支援:音声情報をPC画面などに文字情報として表示する情報支援。
(参考URL https://joueikai.com/barrier-free/ )