大桑村図書館 高台から新たな世界へつながる入り口
長野県は博物館・美術館の数や公民館の数が全国1位(※1)で、図書館の数は人口当たりの数で全国第2位(※2)ですが、それは県内各地に均一にあるというわけではありません。
木曽地域は、楢川村図書館が2005(平成17)年に楢川村が塩尻市と合併したことにより、公共図書館がない期間がしばらく続きました。2017(平成29)年9月に木曽町図書館が開館。そして2022(令和4)年9月に開館したのが大桑村図書館です。いったいどのような図書館なのか、平中和司館長と、司書の新井由美さんにお話を伺いました。
※1 平成30年度社会教育調査統計表により
※2 2021年社会生活統計指標より
図書館は、“知りたい”情報にたどり着くための案内役
大桑村図書館は、大桑村の役場に併設されています。同村の地形は急峻で、村の総面積の96%は山林。中央部を北東から南西に流れる木曽川に沿って国道19号とJR中央線が走り、集落は木曽川とその支流の伊奈川などの流域に点在しています。村は旧中山道の街道である野尻と須原、そして役場がある中部と、大きく3つのエリアに分かれており、役場を新築するにあたり、以前小学校があったこの高台が防災上の観点から適地とされました。新庁舎は、保健センターや中央公民館など、さまざまな機能を複合的に備えることになり、その中で文化、生涯学習、住民交流の拠点となる文化施設として、図書館も設置されることが決まりました。
収蔵可能量はおよそ2万冊。開館して1年半ということもあり、棚には新しい本がずらりと並んでいます。取材時、「面だし」できる可動棚には、「天災」と「人災」と題して、地震のメカニズムや防災、戦争にまつわる本がピックアップされていました。棚の背表紙を眺めていると、「ジェンダーレス」や「ゼロカーボン」など、“今”を感じるタイトルが多いことに気付きます。
ピカピカで明るい図書館、なんだかワクワクします。新しい本が多くて、書店みたいですね。
平中館長
昔からの資料がないので、今、話題になっていることや、問題として起こっていることなどが如実に分かると思います。書店に近いと感じるかもしれませんが、書店は売れるものを置くので、またちょっと違いますね。書店では扱わないような、いわゆる「売れない本」もありますし、図書館じゃなければ手に取る機会がないような本もたくさんあります。
返却棚の本を見て、「おっ、こんな本も借りてくれたんだ」と思うこともあって、それはうれしいですね。図書館というと、本を読むところ、読書が好きな人が来るところというイメージがあるかもしれませんが、それだけではありません。今、何が起こっているのかに目を向け、さまざまな視点を持つきっかけとして、活用してほしいという思いがあります。
図書館は本を借りたり、勉強をしたりする場所、という印象が強いですが、それ以外にも?
新井さん
もちろんそういう使い方もありますが、もっと広く捉えると、図書館は情報を得るための場所。昔は媒体というと紙しかなかったので、情報を得る=本でしたが、今は映像や音声、インターネットなどさまざまな媒体があります。そういうものを上手く使って、皆さんが知りたい情報に行きつくためのお手伝いをする、レファレンスサービスも図書館の役割の一つだと思っています。
レファレンスサービスとは、何ですか?
新井さん
利用者が知りたいことや探しているものについて、質問に応じ、必要な資料や情報を案内することです。
私が前職で勤めていた県立図書館で、カウンターでおじいちゃんに「牛乳と飲むヨーグルトでは、どっちが脂質は低い?」と聞かれたことがありました。それで一緒に本を探して、「この本にこう書いてあります」と紹介したら、「じゃあ、そのヨーグルト買うわ」と言って帰っていったんです(レファレンス協同データベース事例詳細より)。スーパーではなく、あえて図書館で聞いてくれたことがうれしかった。おじいちゃんのように、困りごとを解決する場所としてもっと図書館を利用してもらいたいです。
平中館長
大桑村図書館条例には最初に、「知る自由を守り、自治と文化の発展に寄与し、互いに暮らしやすい地域を実現する」と記しています。ここは地域の自治を支える場所。読書に限らず、情報を提供するということが本質で、本はその役割を果たすための一つの方法と考えてもらえれば。
新井さん
目当ての本を探しに来て、なければスッと帰ってしまう人が多いですよね。そこでちょっと聞いてもらえれば、違うキーワードで見つけることができたり、他所から取り寄せたりすることもできるんですが。「あ~、一緒に探したい!」と、もどかしく思うこともよくあります。こちらからも、もっと声をかけていきたいですし、どんどん声をかけてもらいたいです。
“令和の図書館”として、デジタルの活用や交流の場づくりも
開館直前の2022(令和4)年8月、長野県と全77市町村による協働電子図書館「デジとしょ信州」がスタートしました。市町村立図書館や公民館図書館の窓口で申請すれば、IDとパスワードを使って、パソコンやスマホ、タブレット端末などで電子書籍を読むことができます。開館のタイミングと重なったこともあり、大桑村は現在、県内市町村の中で登録率が一番高いとのこと。
また、インターネット上で蔵書やリアルタイムの貸出状況を検索できるサービス「おおくわブックナビ」もあり、自館だけではなく、他館を含めた「串刺し」検索も可能。範囲を絞り込むこともでき、「取り寄せやすい本」では、自館と県立図書館、塩尻市立図書館、デジとしょ信州の4つ、「近隣の図書館」では、自館と塩尻市立図書館、木曽町図書館、木祖村源流図書館のほか、岐阜県の中津川市立図書館を対象に検索ができます。
他館の情報もすぐに調べられるんですね。
平中館長
2万冊の蔵書の規模では、カバーできないことがたくさんあります。「おおくわブックナビ」で調べてもらって、ほかにあれば、どんどんご案内するようにしています。
インターネット上で検索ができるのでうまく使ってもらえれば。調べて、「大桑(村図書館)にないから、ほかに行こう」でも、全然構いません。デジタルの活用方法についても、積極的にお伝えしていきたいと思っています。
新井さん
昔、図書館で提供していたような資料も今はどんどんデジタル化されています。例えば統計書も紙ではなく、インターネット上で公開されるようになってきているんですが、それを知らない人も多い。図書館職員は、そういうふうに置き変わってきているものを知っているので、デジタル情報の案内役もできるんです。
貸出に必要な利用カードは、村民だけではなく誰でも作れるんですね。
新井さん
図書館によって、できることとできないことはありますが、中で働いている人からすると、どこに住んでいるかはあまり関係なくて、利用してくれる人の希望を叶えたいという気持ちがあります。
平中館長
村民だけではなく、周辺地域の住民にとっても、県内や地域の情報とつながれる拠点になりたいと思っています。だから、周辺地域の皆さんにももっと周知したいんですが、これがなかなか難しい。村内は広報誌などでお知らせできますが、隣の南木曽町や上松町に住んでいる人にどうやってアプローチすればいいのか…皆で頭を悩ませています。
新井さん
まず、図書館ができたこと、そして誰でも入ってきていい場所だということを知らせたいですね。今も、入り口で様子を見ながら『入っていいですか?』と聞かれることがあるくらいなので。
図書館への第一歩となるようなイベントもいろいろと企画していて、お話会をはじめ、参加者が持ち寄ったレコードを流す「推しレコ!」や、役場の調理室を活用し、料理体験をきっかけに図書館への知見を広げる「もぐもぐリサーチ」などを開催しています。
- 「推しレコ!」
- 「もぐもぐリサーチ」
本に限らず、いろいろなイベントがあるんですね。
平中館長
図書館は本を読むだけではなく、人と話したり、交流したりできる場だということを体感してもらえるようにしています。「推しレコ!」は、図書館の静かなイメージを払拭したくて、何か音楽を流してみようと考えて、「押し入れに眠るレコードを持ち寄ってBGMにしてみては?」と始めたイベント。結構人気があって、村外からかばん一杯にレコードを詰め込んでやってくる人もいます。
新井さん
ドーナツを作った「もぐもぐリサーチ」では、「ドーナツにはなぜ穴が空いているの?」というレファレンスごっこを行い、当館の資料で回答しました。同じ質問を、県立図書館とオンラインでつないで聞いてもみるんですが、蔵書の数が違うので、見つかる資料も答えも違う。そこから図書館の使い方についても話しました。
平中館長
「私は本を読まないから、図書館なんて関係ない」と思っている人もいるんですよね。そういう人とどうやって接点を持っていくかが課題です。長い間、図書館が身近になかった地域だったということもあり、時間はかかるかもしれませんが、足を運んでくれる人を少しずつ増やしていきたいです。
読書はしても、しなくてもいい。目的なく立ち寄れる場所に
平中館長は長年、公立中学校教諭として国語科を担当し、学校図書館教育や総合的な学習の時間に力を入れてきたといいます。2021(令和3)年春に退職し、館長に着任。時を同じくして、新井さんは7年勤めた県立長野図書館から大桑村へやってきました。
この辺りは長年、図書館がありませんでしたが、開館前はどんな感じだったんですか?
平中館長
それまで近くの図書館というと、車で40分ほどかかる中津川。買い物のついでに行く、という人が多かったんじゃないでしょうか。
以前から「図書館がほしい」という声もあり、読書活動を推進している方もいらっしゃいます。地域の読書推進運動への貢献を顕彰する「野間読書推進賞」を昨年11月に受賞した原田紗千子さんは、1978(昭和53)年に子どもの本学習サークル「大桑子どもの本の会」を立ち上げていますし、有志による「木曽の図書館を考える会」もありました。
新井さん
私が来たときは、図書館の“中身”はまだ何も決まっていない状態でした。開館までは1年半しかない。まずは村のことを勉強することから始めました。この地域が抱えている問題が分からないと、どんな本があったら活用されるのかも分からないですから。県内は農業関係の情報が必要な地域が多いんですが、大桑村は地理的に農業はそんなに盛んではない。観光、歴史、産業構造、住民層など、少しずつ掘り下げて、「こういう本があるといいのかな」と限られた時間の中で考えていきました。
平中館長
本来は、人の流れを考慮して、まちづくりの拠点となっていけるような立地から検討できれば良かったんですが、役場内に作ることが先に決まっていました。ここは高台なので、交通手段が限られる。役場の隣には大桑中学校がありますが、この地域以外の生徒はスクールバスで通っています。下校の際もバスの時間は決まっていて、乗り遅れると帰れない、だから寄り道している時間がない。なかなかふらりと立ち寄れない環境というのが、ネックになっています。
これから、どんな図書館にしていきたいですか?
平中館長
来年度は中学校と調整して、週に1日、下校のスクールバスの時間を少し遅らせて、中学生にも立ち寄ってもらえるようにしていければと思っています。ここで目にした雑誌のタイトルが頭の片隅に残って、大人になった時に思い出して手に取ってくれるようなことがあればいいですよね。
新井さん
目的がなくてもふらっと立ち寄れる場所にしたいです。これまで木曽地域には、目的なく誰もが自由に出入りできる公共空間がほとんどなかったから、まだそういう「使い方」に慣れていないのかもしれません。1日ぼーっと過ごしてもいいし、そこにいる人と話して帰ってもいい。気軽に足を運んでもらいたいです。
平中館長
1日のルーティンの中に図書館が入っている、なんていうのが理想的ですね。今は新しい本がどんどん入ってきて、それが見放題、読み放題です。思いがけない出会いがきっと待っていますよ。
大桑村図書館は、蔵書数でいえば“小さな図書館”かもしれません。しかしそこは、本だけではなくさまざまな媒体を通じて、無限の情報につながることができる“大きな広場”なのです。
開館して1年半、試行錯誤しながらの挑戦は始まったばかり。新たな世界への入り口として、これから多くの人が訪れてくれるようになるはずです。
取材・文:山口敦子(タナカラ)
撮影:蒲沼明
大桑村図書館
木曽郡大桑村大字長野880番地1