おいしい!楽しい!しかもエコ。太陽光&小水力発電を活用した「焼來肉ロックフェス2024」
焼き肉を食べながら音楽を楽しむユニークなイベント「焼來肉(やきにく)ロックフェス」(通称ヤキフェス)。2015(平成27)年にスタートして以来、来場者数は年々増加し、南信州の夏に欠かせない音楽イベントとして定着しています。
会場である飯田市郊外の野底山森林公園(飯田市上郷)は、飯田のシンボル風越山(かざこしやま)東麓の緑豊かな渓谷にあります。今年からは太陽光や小水力で発電した電気で会場の電力の一部をまかなうという、新しい取り組みも始まりました。
おいしく楽しくエコなフェスは、どのように実現したのでしょうか。
ヤキフェス史―リニア開通を見据えた事業構想
ヤキフェスは、飯田の中心市街地活性化を目指す有志のメンバーらが2015(平成27)年に実行委員会を組織し、第1回を飯田人形劇場(200人収容)で開催したのが始まりです。翌年からは隣接する飯田文化会館(約1300人収容)にメイン会場を移し、さらに2017(平成29)年からは野底山森林公園を会場とした野外フェスに発展しました。
記念すべき第10回となった今年は、7月20日(土)、21日(日)の2日間に36組のアーティストやパフォーマーが出演。入場者数は4700人と過去最高を記録しました。熱気あふれる会場にはコンロと鉄板が並ぶ「手ぶら焼き肉」のコ―ナーが設けられ、観客が笑顔でお肉をほお張る光景が見られました。
なぜフェスと焼き肉の組み合わせなのか。実行委員長の今井啓介さんは次のように説明します。
「リニア中央新幹線が開通したとき、多くの人に飯田の駅で降りてもらうためにはどうすればいいか。それには、飯田の魅力をより多くの方に伝えることが必要です。当時『日本一の焼き肉のまち』※という資源に大きな可能性を感じていたので、それなら『音楽を聴きながら焼き肉ができるお祭り』をやって、全国から南信州・飯田に遊びに来ていただこう!という発想にたどり着いたんです」
フェス参加者のうち半数は県外客。「焼き肉のまち飯田」のイメージは確実に広がっています。
※南信州畜産物ブランド推進協議会の調べによると、飯田市は人口1万人あたりの焼き肉店数が5.26軒(2021年現在)で、沖縄県石垣市や北海道北見市などを抑えて全国1位を誇る。参考:https://msgyu.com/culture/yakifes/iida/
今井さんは、食材や食品機械設備の卸・販売を行う株式会社飯田マツブツの社長。「私がフェスで頑張れば頑張るほど、『本業は大丈夫?』って言われるけど、これも『食』という資源・文化を発信しているわけで私の本業にもつながることと信じてやってます!」と笑います。
今井さんのような地元有志がイベントの企画から会場設営、運営までのすべてを担っているのがヤキフェスの大きな特徴です。今年は27人の実行委員、延べ240人のボランティアスタッフがイベントを支えました。
「実行委員はそれぞれの担当分野の専門家。これだけの人材が集まって10年も続いたのは奇跡ですね」と今井さん。地元愛に根ざした“手作り感”は観客にしっかりと伝わり、SNSでも「ゆるくてあったかい」「血の通ったフェス」という評価の声が多く寄せられているそうです。
「観客の思いがアーティストにも伝わって、ヤキフェスならではのパフォーマンスにつながっている。そうした相乗効果が毎年積み上がっているのを感じますね」と今井さんは語ります。
中津川の協力で太陽光発電を導入
今年は飲食エリアに「サニーステージ」を新設し、過去最多の4ステージ構成で開催。サニーステージの電力は、舞台の屋根と客席の上に展開する太陽光パネルでまかなわれました。
このシステムの導入にボランティアで協力したのが、再生可能エネルギーだけで行う野外フェスとして2012(平成24)年からの歴史を持つ「中津川 THE SOLAR BUDOKAN(ザ・ソーラー ブドウカン)※」(岐阜県中津川市)の実行委員の皆さんです。
※中津川 THE SOLAR BUDOKANの実績は環境省グッドライフアワードのサイトで詳しく紹介されている。
実行委員長の三尾泰一郎さん(株式会社中央物産代表取締役)が現場で説明してくれました。
「客席の上のパネルは、農地の上に設置するソーラーシェアリング用のものです。設置や撤去がしやすく、日除けにもなるのでフェスには最適なんですよ」
合計出力24kWのパネルで発電された電力はステージ横に並ぶ蓄電池に充電されます。
「今回は初めてのことだったので我が社の蓄電池を5台、合計60kWh分用意してきましたが、晴天が続いたのでかなり余力がありますね。サニーステージだけなら3台で間に合いました」と三尾さん。
中津川のフェスではこの蓄電池を40台、さらにバイオマス発電機をバックアップに使っているとのこと。数年前にライジングサン(北海道)、今年はフジロックのキャンプサイトなど、著名なロックフェスにもシステムを提供しています。
ヤキフェスに太陽光発電を導入した理由について今井さんは、「飯田と中津川はリニアが開通すればお隣り同士。たまたま中津川の皆さんと出会って、これからいろんな面で協力していきましょうというグルーヴ(盛り上がり)の中でお願いすることになったんです」と話します。
リニア開通後を見据えるという戦略はここでもブレがありません。
中津川の実行委員の1人でシステムの設置を担当した佐藤忠司さん(合同会社ネクサス代表)は、「ここはアットホームで、自然と調和した素晴らしいフェスですね」とヤキフェスを堪能した様子。三尾さんも「ヤキフェスのような志の高い全国のフェスとこれからも連携していきたいですね」と話してくれました。
完成したばかりの小水力発電所を活用
4つのステージの1つ「モーリーステージ」は、野底川上流に生息するモリアオガエルのご当地キャラクター「モーリー君」にちなんだステージです。このステージは今回、昨年完成したばかりの野底川小水力発電所で作られた電力でまかなわれました。
野底川小水力発電所は、飯田市に本社を置くおひさま進歩エネルギー株式会社が主体となって建設した発電所です。同社は2004(平成16)年から市民ファンドを活用した太陽光発電事業に取り組んでおり、再生エネルギー事業の分野では先駆的存在。2018(平成30)年から小水力発電事業に参入し、野底川を最初の候補地に選んで準備を進めてきました。
同社ではこの事業のためのSPC(特別目的会社)として「野底川市民発電株式会社」を設立し、ファンドを公募。飯田市民14名を含む166名から1億5000万円が集まり、2023年秋に発電所が完成しました。愛称を公募して、最終選考に残った2人のアイデアを合わせて「もりデン こりき君」と命名されました。
発電所内部と取水口を見学!
おひさま進歩エネルギーで設備管理を担当する吉田修さんに、施設を案内していただきました。
発電所があるのは、ヤキフェス会場から600mほど上流。野底山森林公園の管理事務所で鍵を借りて入山ゲートを開くと、橋のたもとに茶色い建物が見えてきました。
- 野底川小水力発電所「もりデン こりき君」
- 発電所の概要を解説したパネル
吉田さんに案内されて発電所の中に入ると、コンクリート製の部屋の底で真新しい発電機が轟音を響かせていました。この発電機はイタリアZECO社製で出力は340kW。年間700世帯分の電力をまかなうことができ、民間が設置した同規模の小水力発電としては南信州で初めての導入です。
- 左下の管から水が入りタービンを回す
- 轟音の中で設備を説明してくれた吉田さん
発電機を動かすための水は、林道に沿って埋設された直径60cmの導水管により約1km上流の取水設備から引かれています。取水設備は既存の砂防ダムを利用して建設されており、川の砂を除去するための「沈砂池」や、落ち葉などのごみを取り除く「除塵機」などが設けられています。
- 野底川の支流を渡る橋では導水管を見ることができる
- 砂防堰堤に造られた取水設備
- スクリーンで大きな異物の混入を防ぐ取水口。下流も一定量の水の流れが維持される
- 深い沈砂池で砂を取り除く
取水設備から発電所までの間は、川にも一定量以上の水が必ず流れる仕組みになっており、生態系への影響を最小限にする配慮がなされています。
除塵機の下にはベルトコンベアーで排出された落ち葉が溜まるようになっており、「秋になると落ち葉の量がすごいんですよ」と吉田さん。上流に人家などがないため不純物が少ない良質な堆肥になるといい、「私は農業もやっているので、自分の畑にまいたり有機農業仲間に分けてあげたりしています」とのこと。廃棄物として処分しようとすると産業廃棄物扱いになってしまうため、有効利用するのがベストなのだそうです。
ちなみに吉田さんは神奈川県藤沢市の出身で、36歳で阿南町和合に移住した経歴の持ち主。大学では電気工学を学び、会社員時代はモーター関係の業務についていたそうです。和合の伝統芸能でユネスコの無形文化遺産にも登録された「和合の念仏踊り」では、竹の先に付けたチガヤの房を振り回す奴(ヤッコ)役を担当。「昔からクルクル回るものが好きなんですよね」と顔をほころばせていました。
電力の地産地消 100年の時を経て実現
野底川はどんな点が小水力発電に適しているのでしょうか。吉田さんは次のように答えてくれました。
「ここは水量が豊富なうえに、既存の林道を利用すれば導水管の埋設コストを抑えられるというメリットがありました。また、地元の皆さんの理解が得られたことも重要なポイントです。野底川はかつて地元の人たちが発電所を造ろうとした歴史があるんですよ」
飯田下伊那で電気の普及が進んだのは明治から大正初期にかけて、伊那電気鉄道株式会社による鉄道建設(JR飯田線の天竜峡―辰野間)が進んでいたころのことです。野底山を擁していた当時の上郷村(現飯田市上郷)は、野底川を利用した自前の電気事業を目指していましたが、さまざまな問題から計画が難航し、他の地域よりも電気の普及が遅れて「闇郷村」と陰口されたほどでした。
1931(昭和6)年に念願の村営電気が実現したものの、発電所の建設はコストの面で断念され、伊那電気鉄道から電力を購入することで村内に電気が供給されたのでした(参考:『上郷史』1978)。
「もりデン こりき君」で作られた電力は、固定価格買取制度に基づいて20年間にわたり売電価格が保障され、発電所は独立採算で運営されていきます。また、売電収入の1%が地元の上郷地域まちづくり委員会に寄付され、野底山森林公園の活性化事業などに活用されることになっています。野底川で作られた電気が地元を潤すわけですから、上郷の人たちが100年前に夢見たことが形を変えて実現したと言ってもいいのかもしれません。
新鮮な電気で音を出す「作品性」が面白い
こうして誕生した「もりデン こりき君」を、ヤキフェスの今井さんが見逃すはずはありませんでした。
「目の前の川から生まれた電気で音が出るなんて、ものすごくクリエイティブじゃないですか。それ自体が“作品”として価値があると思ったので、こちらから声をかけさせてもらいました」と今井さん。
「音響スタッフさんが言うには、いくつもの変電所を経由した電気よりも新鮮な電気の方が、きれいな音が出るそうですよ。私にはよく分からないですが」と笑います。
今井さんたちは、入場者数5800人を目指してこれからもヤキフェスの輪を広げていく意気込みです。また、11月29日の「飯田焼き肉の日」に地元の小中学校の給食で焼き肉を提供する事業も進めており、クラウドファンディングで集めた資金やフェス公式Tシャツの売り上げなどを充てることにしています。
地域の未来、地球の将来を考えながら、自分たちができること、面白いと感じたことに邁進する姿勢。おいしくて楽しくてエコなヤキフェスの舞台裏には、地元の人たちの熱意が立ち込めているのを感じました。
取材・文・撮影:今井啓
2024年7月20日(土)・21日(日)、野底山森林公園で開催。2日間で36組が出演し、会場を盛り上げた。
https://yakifes.jp/