
地域の宝を引き出し、輝かせることができるのは人の力 夢空間松代のまちと心を育てる会
長野市の南部にある松代町は、古代から近代まで、さまざまな時代の歴史文化遺産が集積しています。古くは5世紀から8世紀頃に築造された古墳群が残り、戦国時代には川中島の戦い、そして江戸時代には松代藩が置かれ、真田十万石の城下町として栄えた歴史文化が色づく町です。
NPO法人「夢空間松代のまちと心を育てる会」(以下、夢空間)は、松代の資源を生かし、その魅力を伝えようと活動しています。その拠点となっている「松代まち歩きセンター」で、理事長の香山篤美さん、事務局長の三田今朝光さん、理事の青木恵さんにお話を伺いました。
まちを歩くことで、豊富な資源に気付き、“伝えたい”気持ちが高まった
夢空間の設立は2001(平成13)年。その前年に長野市が立案した「信州松代まるごと博物館構想」を、市民参加という形で実現しようと、松代を愛する町内外の100人が集まりました。設立の翌年にはNPO法人の認証を受け、現在は280人ほどの会員がいます。
立ち上げの背景には1993(平成5)年、長野自動車道と上信越道とが接続し、松代地籍に上信越道長野インターチエンジが開通したことで、まちおこしの機運が醸成されていたことがありました。地元の商工会議所でも、歴史や文化、景観、食といったものを生かし、まちの魅力を伝えようという声があり、これが松代のまちづくりのベースになっていったと言います。
立ち上げには100人もの人が集まったんですね。
香山さん
「信州松代町ごと博物館構想」が、絵に描いた餅にならないように、行政任せではなく住民自らが中心になってやっていこう、という呼びかけに、多くの人が賛同してくれました。そこでまず、足元のお宝を発見していこうと、ワークショップを重ねて、そこで出てきたものを絞り込んで、順番を付けました。まず一番はお庭。二番は32あるお寺で、その次が町屋。そして周辺に里山がある。真田宝物館を中心に、武家屋敷、寺町、町屋、里山と4つのゾーンをつくりました。

それぞれ特色あるゾーンをつくったんですね。
香山さん
そして始めたのが「お宝発見まち歩き」です。最初はやはり武家屋敷のお庭だろうということで、開催したら300人くらい参加者が来ました。それで、10班くらいに分かれて案内して、お庭だけでなく路地なども巡っていったんですが、その時に「松代って良いまちだね」と言われて。我々が普段何気なく目にしている路地裏にも魅力があることにあらためて気が付きました。2回目はお寺、その次は町屋、そして周辺へと町歩きをするにつれて、松代にたくさんある資源の魅力を私たちがちゃんと伝えていかなければならないという思いが強くなっていきました。
松代が長野市へ合併したのは1966(昭和41)年ですが、その前に清野、東条、豊栄、寺尾、西寺尾、西条と周辺の村と合併してきた歴史があります。そこで、あちこちの建造物や文化財をつなぐコースを作り、旧村単位のガイドブック「松代の里めぐり」シリーズを作成。観光としても、ガイドブックを手に「まち歩きツアー」をアピールしていきました。真田宝物館と松代城だけではなく、まちを歩いてもらうことで魅力を伝えていくという流れをつくった。それが2010(平成22)年頃です。

今となっては「町歩き」は珍しくないけど、当時は目新しかったですよね。
香山さん
まち歩き観光の発祥とされる長崎市へ視察にも行きましたね。「松代まち歩きセンター」ができたのもその頃。拠点ができたことで、まち歩きの情報や、周辺の観光情報も提供できるようになり、そして人が集うことで、幅広い年代の人とのつながりも生まれました。

幅広い年代の人と交わり、意欲が湧いてくるような支援を
夢空間の活動が若い世代も巻き込んで広がっていったきっかけの一つは、江戸末期から昭和初期まで質屋等を営んでいた商家・金箱家の旧宅「寺町商家」です。明治から大正までの商家の営みを伝える歴史的建造物と、泉水路と池をもつ庭園があり、商家の暮らしぶりを伝える貴重な屋敷として保存を求め、2012(平成24)年に長野市の有形文化財の指定を受けました。その運営に、地元の20~30代らでつくる「松代若者会議」のメンバーが手を挙げ、「ワンデイシェフ・レストラン」や土蔵でのギャラリー・展示販売など、食文化やアートの発信拠点となりました。
それ以外にも、誰でも参加できるオープンな場として「まちづくり研究会」を定期的に開催。毎月テーマを設け、地域の課題やこれからについて、多様な世代が各々、思いを語り合います。その数は今年1月に150回になりました。
商家・金箱家の旧宅「寺町商家」
「ワンデイシェフ・レストラン」の様子
インバウンド対応
長年活動している人も、関わり始めたばかりの人も、混ざり合っている感じがいいなと思います。どんな人が多いですか?
香山さん
住民に限らず、松代以外の人もいます。皆、松代が好きなんですが、そのポイントはさまざま。歴史、建物、人物のほか、周辺の自然や里山歩きが好きという人もいます。
三田さん
ニッチな人が多い印象です。そこがまた面白い。事務局の役割は、そういう人たちの意欲がどんどん湧いてくるような支援をすることです。

青木さん
「これが面白い」というと、皆さん肯定してくれる。「そんなことダメに決まってる」とか、「もうやっている」とか言わないんです。そこがうれしかったですね。
香山さん
「それ、昔にやったわ」と言ったらそこで終わってしまう。過去にやったことがあろうがなかろうが、関係ありません。意欲のある人がどんどん関わってくれることでまちは良くなるし、若い人が活躍できるまちは楽しくなると思っています。
長年、活動していても、まだまだ潜在しているものがたくさんあると思っています。建物だけではなく、文化、食、そして自然…それを輝かせるのは人です。地域の宝をうまく引き出して、光らせることが「まるごと博物館」の実現ですから。
青木さんが関わるようになったきっかけは?
青木さん
私は2011(平成23)年に東京から引っ越してきました。ある日、松代のシンボル的存在の皆神山に上がってみたら、すごく良い空間で。ちょっと人が集まるようなイベントを開いたら面白いかな、と思って翌年に始めたのが「皆神山POWER SPOT」というフェスイベントです。

もともと音楽系のイベントをやっていたんですか?
青木さん
やったことはなかったんですが、来たばかりの時は知っている人もいなくて寂しかったので、友達ができたらいいな、くらいの感覚でした。始めてみると、人とのつながりができて、町の人とも「山の上で何やっているの?」「え?パワースポット?」というような会話を交わすことも増えていきました。そこからいろいろなところに顔を出すようになって、段々つながりが広く、太くなっていった感じです。松代テレビ局でも取り上げてもらいましたね。
松代テレビ?テレビ局があるんですか?
香山さん
ここが松代テレビ局のスタジオですよ(笑)
え?ここ??
三田さん
毎週月曜、19時から「しゃべくり松代」をYouTubeで生放送しています。始めたのは2017(平成29)年で、もうすぐ750回。私や香山さんもパーソナリティーを担当しています。
青木さん
私も「しゃべくり松代」で皆神山のことを何度か話しました。最初は「これは誰が見ているんだろう…?」という気持ちもありましたが、でもこれってすごいことだと思えてきました。
自身のイベントから、徐々にまちづくりにつながっていったんですね。
青木さん
最初の関わりは、寺町商家での「ワンデイシェフ・レストラン」です。そこで、自分たちの世代でやっていることを咀嚼(そしゃく)しながら、若い人たちにももっと興味を持ってもらうために何ができるかなと考えるようになりました。「皆神山POWER SPOT」と夢空間を合体したような企画を立てたり、旧松代駅舎の建築保存活動に参加したり、「まちづくり研究会」や、住民自治協議会の「歴史文化とまちづくり部会」にも呼んでもらいました。
だんだんと夢空間とも交わることが増えていった。
青木さん
それと、まちづくりとは少し違うかもしれませんが、自分の中で大きかったのは2019年、台風19号の災害支援活動です。実は松代もかなり浸水被害がありました。ただ、水はその日のうちに引いたので、報道などで大きく取り上げられることはなかったんです。でも、復旧支援と、災害の記録をきちんと残しておきたいと思って、「ちゃかぽか松代」というグループを立ち上げました。ちゃかぽかは、町の明かりがチカチカと光る様子を表した方言です。さまざまな地区を巡って、物資や食事の支援を行い、皆さんの声を聞きました。災害支援は多くのことを学び、つながりも生まれ、本当にいろいろなことを教わりました。

面白がってくれる地域の子どもたちと共に
2022年6月、築100年を迎えた長野電鉄旧屋代線松代駅舎で「松代駅舎百寿祭」が行われ、原画展やステージ発表のほか、駅舎には松代中学校2年生の生徒が作ったてるてる坊主が飾られました。実行委員会の代表を務めた青木さん。この頃から地域の子どもたちと一緒に活動することが増え、同年夏には「七面さん縁日」を5年ぶりに開催しました。
縁日の復活はどのような流れで?
青木さん
縁日はもともと、蓮乗寺で長年開催されていたのですが、担い手の高齢化などさまざまな要因でできなくなってしまって。復活させたいという声があり、中学校にボランティアの呼びかけをしたら、ギリギリ縁日を覚えている世代で、「またやってほしい、やりたい!」と、70人くらいが参加してくれました。2日間、ワイワイ言いながら開催して、たくさんの人が来てくれて。子どもたちが一生懸命な姿を見ると、大人はそれだけでもうれしいんですよね。それ以降、中学生のボランティア欲というか、モチベーションが高くなって、いろいろと協力してくれています。
香山さん
やはり、子どものころから地域に愛着を持ってもらわないと、いつの間にか都会に行っちゃう。そうすると、地元への思いといってもピンとこないまま、大人になっていってしまう。それはもったいないですよね。
信州アーツカウンシルの助成事業「松代の文化で町と人を未来に繋ぐプロジェクト」でも、小中学生が関わっていましたね。松代城で開かれたイベントは幅広い世代の人が見に来ていました。
青木さん
「松代の文化で町と人を未来に繋ぐプロジェクト」では、一度途絶えていたこども真田勝鬨(どき)太鼓を復活させる取り組みを行いました。経験の有無を問わず、太鼓を打ってみたい子を募ってワークショップを開き、松代城本丸内で披露しました。
松代城跡公園での子ども勝どき太鼓の演舞
中学生と人形パフォーマーによる「真田節」の踊り
香山さん
今までお祭りは、二の丸のところにステージを作ってやっていたので、中でやる発想はあまりなかった。でもやってみると、広さも含めちょうどいい感じの空間で、非常に良かったですね。それは再発見でした。
青木さん
この景色をバックに太鼓の演舞ができたこと、そしてコロナ禍で踊れなかった当時小学校6年生だった子どもたちが舞台に立つ機会になったことが良かったです。
実は、松代のほとんどの人は、真田節を踊れるんです。習ってない世代もあるものの、各小学校にちゃんと衣装があって、運動会で発表しています。子ども勝鬨太鼓も以前はすごく力を入れていて、子どもだけではなく、大人や、卒業した女の子たち用のものもあることが分かって、衣装もそろっている。道具や衣装が使われないのはもったいないなと思いました。子ども太鼓を復活させれば、その親世代、きっと昔、一生懸命やっていた人たちもまた関われるんじゃないかとも考えました。
香山さん
善光寺御開帳の際、松代は回向柱と合わせて奉納太鼓も行っています。でも、叩き手が少なくなってきて、次はできるかどうか分からないという状態でした。この取り組みが今後につながっていければいいなと思っています。
松代の魅力を次世代に、そして世界へ
松代の資源を生かし、その魅力を伝えようと始まった夢空間。その活動は、次世代育成への取り組みにも自然と広がっています。
夢空間の立ち上げ当初から携わっている人、途中から参加してきた若手、そして地域の小中学生と、いい感じでまちづくりの輪が大きくなってきていますね。
香山さん
2010(平成22)年度に始めた松代民話の紙芝居制作は、現在40話ほどになりました。小学校に貸し出して、親しんでもらっています。また、昨年度の長野県地域発元気づくり支援金事業で制作した「ふるさと松代再発見」という冊子は、ふるさと学習の教材としても活用できるものです。要望があれば、講師派遣にも対応していて、地域学習の支援をしています。今年は第2弾として、佐久間象山先生について紹介するものを作っていて、今後はウェブでも展開していく予定です。
青木さん
私は今、あんず部というのを作っていて…と言っても、一人で勝手にやっているんですが(笑)。中学生と一緒に活動しています。中学生はボランティア欲というか、モチベーションが高くて、いろいろと協力してくれています。
いろいろな人がエネルギーを発揮できるように、来るもの拒まずで、一緒に成果を出している。NPOでできることの最大値、理想的な活動のように思います。
香山さん
私は、ここは「まち歩きセンター」だけど、「まちづくりセンター」でもあると思っています。いろいろな人たちがつながって、つながった人同士で、新たなプロジェクトが生まれる。こういう場所がないと、意外と出会えないんですよね。
青木さん
ゆくゆくは中学生バージョンの夢空間ができたらいいなと思っています。部活でもいいな、夢空間部。調べたいと思ったら、いくらでも資料があるし、訪ねる場所もたくさんあります。自主的に活動をしていってくれるのが理想ですね。あとは、これだけ本がたくさんあるから、ここで歴史ブックカフェもやってみたいです。
三田さん
イベントは本当に多種多様なんですが、常に新鮮味を感じてもらえるような工夫をしていきたいです。今、まちの中で食事ができる場所が減ってきているので、もう少し「食」を絡めたイベントも企画していきたいです。
香山さん
これだけの積み上げてきたデータがあるので、若い世代に伝えながら、我々も情報発信により力を入れていきたいです。武家文化がありのまま残っている武家屋敷ゾーンなど、外国人にとっても魅力的な資源がたくさんあるし、ドーンと人気が出るような気配も最近は感じています。これからはインバウンドも含め、長野市の中の松代ではなく、世界の中の松代を発信していきたいです。
インタビュアー:野村政之
文・インタビュー撮影:山口敦子(タナカラ)