CULTURE.NAGANO長野県文化芸術情報発信サイト

特集

地域の誇りを官民協働で支える「南信州民俗芸能パートナー企業制度」

地域の誇りを官民協働で支える「南信州民俗芸能パートナー企業制度」

南信州は湯立神楽や風流踊り、「民俗芸能の宝庫」と呼ばれるほど伝統芸能が盛んですが、多くの芸能が後継者不足に直面している現実があります。これを受けて2015(平成27)年に、民俗芸能の継承団体・飯田下伊那14市町村・南信州広域連合・県が連携し、「南信州民俗芸能継承推進協議会」(以下、協議会)を設立しました。

協議会の事業の柱の一つが、設立の翌年から始まった「南信州民俗芸能パートナー企業制度」です。これは協議会の趣旨に賛同する企業・団体が協定を結び、県が登録証を発行。登録企業は次の3項目について取り組みを行う仕組みです。

  • 従業員の民俗芸能への参加奨励、休暇取得促進
  • 協議会の各種取組への協力、支援、団体との交流
  • 民俗芸能継承推進に向けた独自の取組の実施

具体的な協力内容は、民俗芸能や行事の際の運営ボランティア、各種メディアでの情報発信、物的・資金的支援、意見交換会・勉強会への参加など。登録企業は毎年増えており、2024年度現在で104に上っています。今回はその中から、飯田信用金庫と飯田コアカレッジの2企業を訪れ、担当者にお話をうかがいました。

飯田信用金庫
地域密着の金融機関としての使命

飯田信用金庫(本店:飯田市本町)は、2016(平成28)年にパートナー企業として登録されました。南信州全域に合計23店舗を構える強みを活かして、民俗芸能への積極的な支援を行っています。その活動を支えている同金庫の地域サポート部を訪問し、部長の北原正志さん、チーフマネジャーの橋都(はしずめ)まり子さん、小林美保さんにお話をうかがいました。

ボランティアや情報発信を積極的に行っています

パートナー企業として民俗芸能にどのように関わっていますか?

北原さん
当金庫では、パートナー企業の登録とほぼ同時期に「地域サポート部」を立ち上げました。行政や民間と連携して地域の幅広い問題に取り組んでいくことを目的とした部署で、環境や若者対策と並んで民俗芸能を大きなテーマに据えています。

写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田信用金庫地域サポート部長の北原正志さん

橋都さん
具体的な協力活動としては、まず芸能ボランティアへの参加があります。パートナー企業制度事務局からご案内いただいたときは全職員に周知して参加を呼びかけています。
資金面では、2022年度に民俗芸能応援定期預金キャンペーンを実施し、当金庫から100万円を14団体に寄付させていただきました。
情報発信も取り組んでいます。「南信州の民俗芸能を知る」と題した唄や踊り、歌舞伎役者ができるまで、また一場面の実演などを取入れたセミナーや、展示を開催しているほか、南信州新聞社発行の三遠南信Bizという月刊紙で季節の民俗芸能を紹介する広告を出しています。

  • 写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田信用金庫春の大鹿歌舞伎にボランティア参加(2023年5月)※1
  • 写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田信用金庫セミナーで新野の盆踊り唄の実演(2022年11月)※2

橋都さん
SNSでの発信にも力を入れて、職員個人が夜中に民俗芸能を観に行って、写真や動画を撮影してSNS公式アカウントで投稿しています。

写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田信用金庫チーフマネジャーの橋都まり子さん

北原さん
民俗芸能のPR動画の制作・配信も行っています。南信州の湯立て神楽を紹介する動画では、地元のゆるキャラを登場させたり、職員の娘さんにナレーションをしてもらったりして親しみやすさを工夫しました。おかげで好評をいただき、地元から「子どもたちに見せたいので動画を使わせてほしい」との要望がありました。

小林さん
神楽の動画の背景は地元の方に馴染みがある場所を選びました。地元の方が飯田市美術博物館で鑑賞していた際には「見たことがある風景だ」との声が聞こえてきて、やりがいを感じ嬉しかったです。

登場するキャラクター「みなみちゃん」の制作やナレーションは小林さんの小3の娘さんが担当

情報発信はユネスコ登録が契機に

今のような地域との関係はいつからですか?

北原さん
当金庫ではパートナー企業に登録するよりずっと以前から、地域の一員として支店ごとに寄付や振舞酒、職員の参加協力などを行ってきました。とくに新野支店(阿南町)では、盆踊りに合わせて店舗を夜通しで開放し、職員および関係者とその家族が休憩できるように便宜を図っています。

小林さん
情報発信に力を入れるようになったのは、風流踊のユネスコの無形文化遺産登録が話題になった2022年からです。「もっと盛り上げたい」という思いから、新野の盆踊りや和合の念仏踊りの保存会さんにご理解をいただきながら始めたのが最初です。

写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田信用金庫部内で最もキャリアが長い小林美保さん

パートナー企業に参画する目的・メリットは何ですか?

北原さん
私たちは地域密着の金融機関なので地元のことをよく知る必要がありますし、地元には元気になってもらいたい。素晴らしい祭りがあることを、外の人にも地元の人にも知ってほしいんです。私たちの部署でも、週末はできる限りあちこちのお祭りに行くようにしています。夜通しの祭りも多いので大変ですが、本当に面白いですね。

橋都さん
私もこの部署に入るまでは実際のお祭りを見る機会がなかなかありませんでしたが、本物を目にしてやっぱりすごいなと思いました。知れば知るほどまた行きたくなります。
「飯田下伊那は何もない」と言われがちですが、素晴らしい祭りがこんなにたくさんある。それを発信していくことは大事だし、実際に見ていれば紹介するときも説得力が出ますよね。

北原さん
企業としての大きなメリットは、地元とつながりが持てること。企業が地域貢献の気持ちを表そうとするとき、地元の人たちが一生懸命頑張っている民俗芸能は一番やりやすいんです。
地域と一体になることは職員の喜びでもあります。行事に参加すれば「信金さんに手伝ってもらって本当に助かった」と喜んでもらえるし、私たちもうれしい。それが当金庫の役割の一つだと職員全員が自覚していると思います。

各企業の強みを生かした支援を

これからの抱負と協議会への提案をお願いします。

小林さん
どこのお祭りでも担い手不足の悩みを聞きます。新野では盆の切子灯籠の作り手が減り、材料になる美濃和紙も後継者不足と知りました。じゃあ飯田市下久堅のひさかた和紙で代用できないかと飯田市の工業課さんに相談したり、地域の関係者に話を聞いたりして切子灯篭には落水紙という非常に繊細な和紙を使用していることが分かりました。すぐに答えは出ませんが、地域のさまざまな課題を知ることで、何かのときにヒントが見つかるのではと思っています。
パートナー企業としては、それぞれ企業が特色を生かした支援をできるといいなと思いますね。たとえば食品関係の企業さんなら、今度決まったキャラクターの絵が入った商品を開発するのはいかがでしょう。

  • 写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田信用金庫パートナー企業同士で意見を出し合った勉強会(2023年8月)※1
  • 写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田信用金庫第3回南信州民俗芸能フェスティバルでお披露目されたマスコットキャラクター「イノリ」(2025年1月)

橋都さん
情報発信では、これまで注目されてこなかった部分にも焦点を当てて、その意味を親しみやすく解説できればいいなと思います。また、民俗芸能検定なんかも面白いんじゃないでしょうか。実現できるかは別として、アイデアはいっぱい出てくるんですよね。民俗芸能のことを話していると熱くなっちゃう。
南信州の価値をもっと引き上げるためにも、私たちは地元の皆さんの気持ちを大切にしながら、お手伝いを続けていきたいと思っています。

写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田信用金庫

飯田コアカレッジ
地元を学び、次世代の担い手を育てたい

飯田コアカレッジ(飯田市松尾)は、ITやビジネスのスキルを活かして地域で活躍する人材の育成を目指している専門学校。2020年にサポート企業として登録し、学生たちが積極的に芸能ボランティアへ参加しています。その狙いと成果を、校長の牧島晃さんとボランティア担当教員の河野真由美さんにうかがいました。

学生たちが民俗芸能に触れることの大切さ

御校がパートナー企業に参画したきっかけは?

牧島さん
本校はいわゆる公設民営の専門学校で、日頃から地域の皆様に助けていただいています。少しでもその恩返しができればという思いがありました。また、私は高校の教員をやっていた時から民俗芸能に思い入れがありまして、県立阿南高校(阿南町)の校長をしていたときには「郷土芸能同好会」を立ち上げたことがあります。新野の雪祭りに登場する「幸法」を子どもたちに演じさせたいと思って地元の保存会の皆さんに相談したら、「どんどんやってくれ、協力できることは何でもするで」と言ってもらえたんです。おかげさまでその後、総文祭(全国高等学校総合文化祭)に出場することができました。そうした経験もあって、この学校でも学生たちに民俗芸能に触れてほしいという思いがあったんです。

写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田コアカレッジ飯田コアカレッジ校長の牧島晃さん

パートナー企業としてどのような活動を行っていますか?

牧島さん
私たちには資金的な支援をする力はありませんので、まずは学生や教員が祭りに参加するときに公欠を認めるなどの環境整備から始めました。さらにもう一歩踏み込んだ貢献をしたいと思い、2022年からボランティアに参加させていただくことにしました。
初年は下條歌舞伎(下條村)で記録撮影のお手伝いを。その翌年は大鹿歌舞伎(大鹿村)で写真集作成のお手伝いをさせていただきました。さらに2024年度からは通年でボランティアに参加させていただくことにしました。

写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田コアカレッジ大鹿歌舞伎での設営のサポート(2024年10月)※1

牧島さん
本校では1年生から「社会参画(地域ボランティア)」と「探究学習」を授業に取り入れており、2年生はそれらを「卒業研究」としてまとめます。ちなみに今年度の卒業研究では飯田下伊那14市町村の文化と魅力を学び「南信州かるた」を制作した子たちもいます。
授業としてのボランティア活動は、民俗芸能だけでなく「焼來肉ロックフェスティバル」などさまざまな催しに参加しています。
民俗芸能ボランティアについては、4月に協議会事務局の宮川留奈さんに本校で学生たちに説明していただいたところ、9人が名乗りを上げてくれました。そのうち約半数が上伊那出身の子たちだったのが印象的でしたね。大鹿歌舞伎、下條歌舞伎、それから伊那谷4座合同の「伊那人形芝居公演」で、駐車場の整理や会場での受付の手伝いをしました。芝居を見学する時間もきちんと確保していただいたのでありがたかったです。

河野さん
8月には宮川さんに、南信州の民俗芸能をイメージしたキャラクターのデザインを考えたり、その活用方法についてアイデアを出したりする授業をしていただきました。みんな楽しそうに参加していましたね。

写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田コアカレッジ学生のボランティア活動を担当している河野真由美さん

自己肯定感を伸ばし、就職選択の入口にも

ボランティアに参加して良かったことは?

牧島さん
地元の皆さんからは、食事をご提供いただいたり「よくやってくれた」と感謝の言葉をかけていただいたりして、学生たちの自己肯定感が高まった手応えがあります。みんな「楽しかった」「積極的に参加できた」「また参加したい」との感想を寄せてくれました。23年の大鹿歌舞伎のボランティアでは、参加した学生が二人とも大鹿村の企業に就職したんですよ。うち一人は村営住宅を借りて村に移住しています。
学生たちにとっては世代の違う皆さんから良い影響をもらえるし、さらに就職のきっかけにもなって、とてもいいことだと思いますね。

  • 写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田コアカレッジ民俗芸能の熱気は学生たちにとって大きな刺激に(2024年5月、大鹿歌舞伎)※1
  • 写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田コアカレッジ企業ボランティアに支えられた伊那人形芝居公演(2024年11月)※1

牧島さん
本校の学生はほとんどが地元出身で、95%が地元に就職します。地元愛の強い子たちなのですが、残念なことに「南信州なんて、何もないでしょ」と言う子が多いんです。、地元にこれほど素晴らしい民俗芸能があることを知らない。遠山霜月祭りと聞いても、遠山(飯田市南信濃地区および上村地区の総称)がどこにあるかも知らない子が多い。私自身だって、遠山霜月祭りを見に行ったのは教員になってからですから無理もないことなんですが、こんなに素敵な宝を地域の人たちが守っているんだよということを学生たちに知ってもらい、共感して、いずれは文化を守る側になってほしいという願いがあります。

SNSの活用で積極的なPRを

パートナー企業としての今後の抱負と、協議会への提案をお願いします。

牧島さん
本校としては、今後も継続的にボランティアでお世話になっていきたいと思っています。そうしたなかで、演じ手として芸能に関わっていきたいという学生が出てきてくれればいいと期待しています。

河野さん
ボランティアに参加した学生たちからは、もっとSNSを活用したほうがいいんじゃないかという声がありました。イベントなどの際は親子で参加できるデジタルスタンプラリーとかもいいよね、と。

牧島さん
SNSはこれからの基本でしょうね。私たちも民俗芸能やボランティアについて積極的に発信する必要があるかもしれません。ボランティアに参加した時に、学生が地元の方にインタビューしてSNSにアップするといった取り組みも良さそうですね。とくにこれからはLINEなどを使った密なつながりを目指していくことも良いのではないかと思います。

写真:南信州民俗芸能パートナー企業制度 飯田コアカレッジ

今回訪問したパートナー企業の両方で、「南信州には何もないと言われる」という言葉を聞いたのが印象的でした。民俗芸能は文化遺産であり観光資源であるとともに、この地域の人々にとってアイデンティティの核になりつつあるのだと感じました。
多くの企業や若者がアイデアを寄せ合い、力を合わせることによって、保存伝承にとどまらないさまざまな可能性が開けていくのではないかと感じました。

南信州芸能ナビ 南信州民俗芸能パートナー企業支援事例集

インタビュアー:野村政之
文・撮影:今井啓
写真提供:南信州民俗芸能継承推進協議会(※1)、飯田信用金庫(※2)

特集

カテゴリー選択

カテゴリーを選択すると、次回以降このサイトを訪れた際に、トップページでは選択したカテゴリーのイベント情報が表示されるようになります。
選択を解除したい場合は「全て」を選択し直してください。