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館長笠原美智子さんが語る長野県立美術館の一年とこれから

館長笠原美智子さんが語る長野県立美術館の一年とこれから

2024年4月、笠原美智子さんが長野県立美術館の館長に就任し、まもなく1年を迎えようとしています。地域の人々の拠り所となる善光寺に近く、長野県を代表する観光地にある県立美術館は「けんび」と呼ばれ、親しまれています。そこでは、多彩なプログラムや意欲的な企画展が開催され、アートと人をつなぐさまざまな職種の人が働いています。「風景にふっと馴染む美術館」を陰に陽に支える笠原さんに、就任1年と今後の展望についてお聞きしました。

「この建物自体が、とても気持ちがいいんです」

  • 写真:長野県立美術館「ランドスケープ・ミュージアム」をコンセプトに2021年にリニューアルオープンした長野県立美術館
  • 写真:長野県立美術館 水辺テラス水辺テラス
  • 写真:長野県立美術館 本館エントランスホール本館エントランスホール
  • 写真:長野県立美術館 東山魁夷館東山魁夷館

「館長になるなんて、自分が一番びっくりしています。長野県といっても私は南信(県南部)出身なので、北信は新しい土地。まずはアパートを探すところから始めました」

長野駅からバスに乗り、善光寺表参道を歩いて出勤するという笠原さん。

「善光寺のお朝事は日の出の時間に合わせて行われるので、冬はお祈りしていらっしゃるところに立ち会うことができるんです。そこで手を合わせて、『びんずるさん(びんずる尊者)』に帯状疱疹後の神経痛がよくなりますように、とお祈りして通勤するのが、私のルーティーン。朝からすごくいいでしょ」

笠原さんの長野県立美術館の第一印象は、建物から感じる「風通し」のよさでした。

写真:長野県立美術館 「風テラス」国宝・善光寺を望む屋上広場「風テラス」

「この建物自体が、とても気持ちがいいんです。周りの景色に馴染んでいて、訪れる人は公園の一部として館内にすっと入っていける。そんな風通しのよさがあります。お客さまに『ウェルカム』って言ってくれているような。建物に威圧感がないというのは、美術館ではめずらしいかもしれません。特に私が気に入っているのは、屋上広場『風テラス』。里山や善光寺、公園の噴水などを見渡せますし、ソフトクリームもプラスできたら一番いい(笑)」

地形の高低差を生かして建てられた建物であるため、西側の入口は1階に、東側の入口は3階にあり、窓外の風景を楽しみながら館内を行ったり来たりできるのも魅力。出入り口には穏やかに声をかけてくれるスタッフがいるほか、長野県産食材を使ったレストラン・カフェ、好きなだけ本が読めるアートライブラリー、空間の気持ちよさを担保してくれる施設管理業務など、働いている人との心地よいコミュニケーションが生まれる場所でもあります。

写真:長野県立美術館館長 笠原美智子さん笠原美智子さん

東京都写真美術館を退職後にアーティゾン美術館の副館長、長野県立美術館館長に就任した笠原さんは、「私はやりたいことをやりきっためずらしい学芸員」という発言を度々しています。マネジメントと学芸業務の両立のむずかしさを知っているからこそ、後輩たちのバックアップに徹しようと思ったとのこと。役職に関係なく同じプロ同士という思いから、「館長と呼ばないでください。さん付けにしましょう」と言ったのが、就任直後のあいさつでした。それから、それぞれにインタビューをして、ひとりで悩む職員がいないように、また、長野県立美術館の方向性を共有するために、いろいろなことの整理整頓を心掛けてきたといいます。

「ここに来て、3つの課題を感じています。1つは嘱託職員から正規職員への内部登用の制度がないことです。学芸員・マネジメント・広報・総務など、ここで培った専門知識をより長く、ここで生かしていってもらえたらいいですよね。
2つ目は国際化。美術館もアーティストも、国内や県内だけで評価が決まることはありません。例えば海外の芸術祭の動向が、アーティストや美術館に影響を与えることはもちろん、どこで誰がどんな動きをしているかを共有し、その知見に基づいて次の段階にいこうとしています。組織として研修費などをバックアップする海外研修制度があることで、グローバルなネットワークにつながり、展覧会などの事業にもどんどんつなげていけるような、そういった形をつくりたいですね」

ひとつの自主企画展をつくるためには3年ほどかかるので、長野県立美術館では、どのような企画をやるか、年に一度、時期を決めて、学芸員に企画書を出してもらってプレゼンテーションをしています。学芸員が今、どのような企画を考えているかをみんなで共有するオープンな場で、学芸員以外も含め、全職員が参加できます。以前から取り組んでいたとは思うのですが、学芸員間で連携して企画を詰め、決められた時期に合わせてプレゼンテーションができればチャンスが広がる、という仕組みとして、わかりやすく整えました。

写真:長野県立美術館《霧の彫刻》中谷芙二子《Dynamic Earth Series Ⅰ》霧の彫刻 #47610、2021年、長野県立美術館
(c)Fujiko Nakaya (c)Nagano Prefectural Art Museum

「まだ夢のような話ですけど、中谷芙二子さんの《霧の彫刻》がある『水辺テラス』から『風テラス』につながるように、屋上にパブリックアートがあったらいいなと思っています。できれば海外の女性作家で。それも、ここにいる若い学芸員が提案して、この美術館にふさわしい作品を見つけてきて、これはどうですかと提案していく……。そういうストーリーづくりのバックアップができたらうれしいです」

「海外の美術館とも自主企画展を共同開催してみたい」

「3つ目は限られた予算のなかで企画や収蔵コレクションをどうやって形にするか、です。国内の公立館では収集予算がない館も出てきているなかで、当館に作品収集予算があることはとてもありがたい状況だと思います」

長野県立美術館では、収集方針に則って長野県ゆかりの作家やランドスケープ作品、現代美術など、まだ収集していない作家や、収集を補足するべき作家の作品を展覧会にからめて購入しています。今年度(2024年度)でいえば、現在開催中の「信州から考える 絵画表現の50年」(会期2025年2月1日〜4月6日)の出品作品のいくつかが収蔵されるかもしれません。

写真:長野県立美術館 「信州から考える 絵画表現の50年」「信州から考える 絵画表現の50年」(会期2025年2月1日〜4月6日)

「『信州から考える 絵画表現の50年』はすごく志の高い展覧会で、まさにこれは長野県立美術館でやらなければいけない展覧会です。リニューアルオープン以来、『生誕100年 松澤宥(ゆたか)』展(2022年)や『戸谷成雄 彫刻』展(2022年)など、本当によくやった、という展覧会を積極的にやっています」

2024年、「生誕150年池上秀畝(しゅうほ) 高精細画人」展の際は、練馬区立美術館と長野県立美術館が時間をかけて調査したものが形になりました。それぞれの館の学芸員が協力し合って、違う角度から専門的な視点を取り入れ、ひとつの展覧会をつくったのです。

「今後は国内だけじゃなく、海外の美術館とも自主企画展を共同開催してみたいですね」

「それぞれの場所で、それぞれのアイデンティティが大切にされている」

「長野県ほどアーティストや美術館のつながりを意識し、ネットワークをつくっている県はないと思うんです」と笠原さん。長野県立美術館としても、県内各地で移動展や交流展をやっていますし、事業団が主導している「シンビズム」では、学芸員の交流や地域の再発見につながるような活動を続けています。長野が積極的にネットワークづくりをやっている背景には、長野県・長野県民とはいえ、ひとつではくくれないという複雑さも。「それぞれの場所で、それぞれのアイデンティティが大切にされているお国柄もあると思います」と、「信濃の国」を歌う長野県民とアメリカの国民性とに近いものを感じるという話もしてくださいました。

写真:長野県立美術館 インクルーシブ・プロジェクトインクルーシブ・プロジェクト

また、障がいの有無を超えてアートを体験できるインクルーシブ・プロジェクトには、担当職員だけではなく、館の職員全員で取り組んでいるそうです。インクルーシブ研修会の受講はもちろん、休館日にイベントを設定し、全員が参加します。「これは今の美術館のあり方としてとても大事だと思っています」と話す笠原さんからは、就任前から取り組んでいた活動への尊敬の思いが伝わってきました。

ほかにも、他の職員の提案で新たに取り組み始めたことがあります。

「月に1回の全体会を始めました。情報共有のあとに職員の中から1人か2人でプレゼンテーションやワークショップをしています。勤務時間外となる5時15分からは茶話会という名の意見交換もします。先月は長野県文化振興事業団の吉本光宏理事長も茶話会に参加してくれました。まだ100%うまく機能しているとは思っていませんが、部署に関係なくみんなで話せる場をつくることが、大事なのではないかと思っています」

「美術館に休みにきていいんです」

写真:長野県立美術館「信州から考える 絵画表現の50年」「信州から考える 絵画表現の50年」に出品されている母袋俊也《M151 TAtoTA》1995年

近代から現代にかけて、長野県と関わる作家たちのすごく豊かなコレクションがある長野県立美術館。「これからもコレクションをアピールしながら新しい視座を持って企画展をやっていきたい」という笠原さんには、ここを拠点とする新しいアイデアが芽生えていました。

「例えば、昼はコレクション展を観て、夜は2階の『ミュゼ レストラン 善』で食事をしていただく。次の日は善光寺平アートラインから千曲川沿いに点在する美術館を回って、最後は上田から新幹線で帰る……。そんなアートツーリズムもできるのではないかなと思っています」

その背景には、現代の作家を美術館で紹介する機会を大切にしたいという思いや、過去と現在をつなぎ、未来を思い描く展覧会をつくるミュージアムのプロとしての矜持が感じられます。

写真:長野県立美術館館内本館と東山魁夷館を結ぶ通路にもベンチがあり、誰もが無料で利用することができる

《霧の彫刻》と東山魁夷作品があるので、企画展をやっていなくても、いつ来ても楽しめるのも、長野県立美術館の魅力のひとつです。

「一番いいなと思っているのは、疲れた大人が休める美術館だというところ。東山魁夷館のロビーもそうですし、本館の企画展示室を出た2階の廊下にはお昼寝したくなるようなソファがありますよ」

写真:長野県立美術館館内2階の廊下には、公園を眺めながら休めるソファが並ぶ

【来年度の展覧会情報】
ここで働くみなさんが丁寧に調査研究し、3年かけてつくりあげてきた企画展や各種プログラム、ワークショップなどが、今後もたくさん計画されています。長野県立美術館でどうぞごゆっくりお過ごしください。

次の企画展は「鈴木敏夫とジブリ展」(会期2025年4月25日~ 6月29日)です。

取材・文:水橋絵美
撮影:内山温那

長野県立美術館

長野県立美術館
長野市箱清水1-4-4(城山公園内・善光寺東隣)

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