茅野市民館・茅野市美術館-多くの市民と一緒に地域文化を創造していく
多くの市民が主体性を持って文化施設にかかわり一緒になって地域文化を創造していく
JR茅野駅に直結する文化施設、茅野市民館・茅野市美術館では、主催事業の運営や企画アイデアの提案など、市民が主体となって活動する場面が多く見られます。単に観客として鑑賞事業に参加するだけでなく、市民が地域文化の現場をつくっているのです。どのようにしてそのようなあり方が生まれたのでしょうか?市民の皆さんはどんな心持ちで活動しているのでしょうか?現場を取り巻く方々の声を交えてご紹介していきます。
茅野市民館のパートナーシップ~指定管理者の地域文化創造とNPO法人サポートC~
茅野市民館は劇場・音楽ホール、美術館、図書室、レストラン、中庭などの機能を持った文化複合施設です。オープンは2005年。「市街地活性化」「パートナーシップのまちづくり」を掲げ、市民が参加する会議を約300回も!重ねた上で建設されました。館を運営するのは茅野市が全額出資した株式会社地域文化創造。社長の辻野隆之さんが茅野市民館ディレクター、茅野市美術館長を務めています。
「市民が主導してつくった管理運営計画の中に、市民一人ひとりが主人公になり、文化振興と地域づくりに取り組んでいく、というミッションが書かれています。実は私たちは、それをどう具体化するかを考えているだけなんです」と辻野さんは語ります。
「普通のホールは、市民を舞台裏には入れないし、機材も触らせない。一方、茅野市民館では”この部分をクリアすれば大丈夫”という感じで技術を提供して、どんどん中へと入ってもらう。そういう積み重ねが施設を取り巻く文化をつくり、主体性が深まっていくことにつながると考えました」
開館にあたり、市民がホールの照明機材にそれぞれのネームプレートを貼り、吊り込む作業をしましたが、これが茅野における新たな文化創造への所信表明でした。1980年代に東京で劇場の技術者として世界の最先端のアートに携わった経験を生かし、辻野さんは市民の「妄想」を実現するさまざまな技を提供していきます。開館以来、市民とのコミュニケーションの方法を探ったり事業にかかわるための講座を行ったりと、地道に下地づくりをし、種を撒いていきました。
また、開館まもない2006年には、茅野市民館の活動を支える市民団体、NPO法人サポートCが設立されました。現在、正会員が約100人登録しており、ほかに市民館サポーター50人ほどがいます。サポートC事務局は、茅野市民館友の会業務を委託されているほか、市民館サポーターの取りまとめなどを行い、日常の情報発信、茅野市美術館企画展の受付やホール公演時のお客さんの案内、講座やワークショップの企画・開催なども実施。そのなかで、美術館に特化して活動する「美遊com.」という集まりもあります。
- 藤森照信設計の茶室「低過庵」も市民が中心になって制作ワークショップを開催
- 「茅野市民館でアートを楽しもう!」をテーマに、サポートCがイベントやワークショップを企画制作する「アート楽しみ隊」
- サポートCが企画制作した「小さな子と゛ものすてきな時間」(2018)
- 作品への“命名”を通して作家と鑑賞者の新しい交流を生む「メイメイアート」(2019)
サポートC事務局長の小池真紀さんにお話を伺いました。
「日ごろからいかにたくさんの市民に館にかかわってもらい、深く楽しんでもらえるかを考えています。開館当初はまずお客様を増やすところから始めましたが、今は“一緒につくる人も増えれば楽しいな”という思いに変わってきました。劇場での活動の転機になったのは、開館10周年の『縄文アートプロジェクト』(2015年)で上演した市民創作劇『となりの縄文人』でした。プロの指導のもとで、キャスト・スタッフに市民が参加、脚本のないところから自分たちでアイデアを出してお芝居をつくりあげました。それまでも劇場系の講座『茅野市民館をサポートしませんか』での取り組みから、サポーターも一緒につくっていった方が楽しいよね、と感じていたんですが、それを実感できました。「何をお手伝いすればいい?」から「一緒にできることは?」「やってみたいことは?」という考え方になったんです」
辻野さんたちが開館当初から撒いてきた種がこのタイミングで芽を出したと言えるのかもしれません。
「まだまだ市民館の地域への浸透は足りないし、ここで私たちがどんなふうに楽しんでいるのか、じわっと広がるといいなあと思います」(小池さん)
コラム1
市民の企画提案が主催事業になる
茅野市民館の大きな特徴に、毎年地域から事業提案を募集しており、出そろった館のスタッフと市民の提案を「事業企画会議」という市民を含めた会議で同じ土俵にのせて主催事業を検討しているという独自の取り組みがあります。「開館当初はサポートCや知っている人からの提案がとても多かった」(小池さん)そうですが、市民からの提案がジワジワと増え、2016年からは『よりあい劇場』というプレゼンテーション形式で、ホールを使った一般公開のイベントになりました。
「市民ミュージカル」「市民参加劇」などの形態の定まった催しを、市民が実行委員会を組織して行う施設は多くありますが、市民が考えた企画アイデアを公共ホールのスタッフがサポートして一緒に主催事業としていくつも実現するという運営のあり方は、全国を見渡してもかなり珍しいもの。そのあり方が、茅野市民館に対する市民の皆さんの主体的なかかわりにつながっているとも言えそうです。
「僕らが大切にしているのは、市民の皆さんに主体性をどうやって持っていただくかということです。従来行っていた事業企画のプレゼン会議も提案者が増えてきたので、一般の方も参加できる表現の場にしたのが『よりあい劇場』。今後は、事業企画会議に中高生や高齢者にも参加してもらって、もっと突拍子もないアイデアを出してもらえるようにするのが課題です」(辻野さん)
『よりあい劇場』では、館のスタッフもプロモーターも市民と同じ立場で事業提案します。2020年度に向けた提案は50を超えました。例えば福祉に関連するものが多かったのは、そこに生活の実感があるからでしょう。同じような内容を提案した市民を引き合わせ、市民の主体性をくすぐりながらソフト・ハード両面からサポートするのが茅野市民館スタイルです。
「サッカーのスタジアムのように、劇場や美術館もファンになっていただくことで、その劇場や美術館から派生する日常の時間を楽しむという現象が生まれてくるんじゃないか、と思います。またそういう場にしていくのが理想。そのためには会議もイベント化して、面白かったと言われるように務めています。こうしたプロセスがファンの集いになり、その積み重ねがイベント本番につながる流れをつくりたい。そしてふりかえりの会で締めくくる。皆さんと力を合わせながら、その種は常に撒き続けています」(辻野さん)
15年続く高齢者がモデルの写真展は、アートと福祉をつなぐ時代の最先端企画
市民が主導する代表的な企画が2020年に15回目となる『寿齢讃歌-人生のマエストロ-写真展』です。『寿齢讃歌』は人生を積み重ねた高齢者の奥深い表情や、生活を営む姿を撮影することで、高齢者を讃えて歓びを届け、次世代に伝えていく写真展。かつては故・木之下晃、現在は英伸三という大御所写真家が講師を務めています。
『寿齢讃歌』の現リーダーである矢﨑千加夫さんは、定年後の活動として美遊com.に参加し、5回目から運営を行っています。
「3、4年目に館の事業を見直す機会があり、『寿齢讃歌』も継続するかどうかで大きな議論になりました。その後、私が引き継ぐことに。継続には体制以外にも資金の問題もあり、いきなりスポンサー探しから始まりました。また、内容・コンセプトづくりにも苦心してきましたが、木之下先生の本から「アートと福祉とをつなげると老人の写真が生きてくる」という一節を見つけ、いわば苦肉の策といった形で福祉をコンセプトに掲げました。でも今では先進的な取り組みかな(笑)。市民館のスタッフはとにかく自由にやらせてくれます。チラシづくりや展示、写真集制作など作業はたくさんありますが、自主性と継続への気持ちが生まれました。毎年コンセプトを考えるのですが、中途半端だとスタッフから「意図が見えない」と指摘されます。その会議を乗り越えるのが何より大変かな(笑)」(矢﨑さん)
コラム2
-
春日裕昭さん
2010年に美術館系の講座『茅野市美術館を一緒にサポートしませんか』に参加し、サポーターとして『寿齢讃歌』を手伝い始めました。僕は山梨県北杜市在住なので、最初は知り合いもいませんし、よくわからないまま参加していただけ(笑)。今は、僕ら親父5人組が中心になって、仕事は多岐にわたるけれど、サポーターのみんなとそれぞれの得意分野を持ち寄ることでなんとかやっています。『寿齢讃歌』を次の世代にどう受け継ぐかが今後の課題です。写真展をつくることに興味がある方はウエルカムです!
-
加藤幸久さん演劇ワークショップ「日常からドラマ」に参加する加藤さん(2018)
僕は11年前に病気で全身が動かなくなり、自宅療養していましたが、「これではいかん」と思っていたころ、妻の勧めで『茅野市美術館を一緒にサポートしませんか』を受講し皆勤、頑張れるかもしれないと勇気をもらいました。そして『寿齢讃歌』の手伝いを始めた。在宅時はリクライニング式電動車椅子で、ジョイスティックレバーをやっと動かせるくらいでしたが、市民館との出会いが力となり、車椅子でダンスを踊るまでに回復しました。劇場系も含めいろんなワークに参加し、自分なりに表現すること、そして担い手伝うことで新たな人生が始まりました。
摩擦を恐れずチャレンジをしつづける
2019年に、絵本や読み聞かせのアート企画と、市場の企画が一体化した『変身市場でよみフェスやろうよ!』が開催されました。実行委員には絵本好きや、諏訪地域で「読み聞かせ」の活動をする多くの方々が集結、親子連れの参加者も多く、実行委員会が行われた会場では、子どもたちが自由に走り回っていました。これまでとは全く違った顔ぶれの、自由で新しい風景が立ち上がっていました。本番にも、今までに増して親子がたくさん参加していたのは印象的でした。
「茅野市民館を運営する中で、普段からいろんな人に声をかけますし「変わったことをやっているから」と新しい人も来てくれるんですが、それでも、10年以上やっているとどうしても集まる顔ぶれが”いつもの人たち”になってしまう。公共ホールとしては、常連さんやファンを大事にしながら、常に“まだ来られていない人たち”を意識しなければいけない。そこで、従来とやり方を変えて、地域にいるプロデューサー、ディレクターにかかわってもらい開催したのが『変身市場』です。ビジョンを変えるというわけではなく、企画・運営する側に新たな人脈を入れて変えていくことで、新たなファンがやってきてくれる。もしかしたらそこで「新」と「旧」の人たちが摩擦になるかもしれないけれど、摩擦がしょっちゅう起きていれば、解消する知恵も自ずと出てくるでしょう、と」(辻野さん)
変化を恐れない茅野市民館の新たな取り組みとして、2020年1月に開催されたのが音楽イベント『ヤツガタケSTREAM』です。これは『変身市場』の市場のオーガナイザーであり、日ごろから富士見町や八ヶ岳界隈でイベントを企画、ミュージシャンの顔も持つ髙橋淳さんがプロデュースしました。八ヶ岳~諏訪地域ゆかりのアーティストたちが結集して、特別編成のバンドが組まれ、多彩な音楽やダンス、和太鼓とロックギターのコラボレーションもあり、五味三恵さん作詞の「縄文」をテーマにした『つないで』が人気アーティストのUAさんのリードボーカルと中学生などの市民合唱とともに歌われました。
ステージ横には自由に動ける小さな子どもたち専用のエリアがあり、時に子どもたちはステージに飛び込んできます。バーカウンターでは地元のお酒が楽しめ、ホール外の飲食コーナーでくつろぐ人があり、古着や私服に「ヤツガタケSTREAM」の刺繍をしてくれる楽しいコーナーも設けられました。
老いも若きも、幼きも集った空間は、混沌とした不思議な熱狂を引き起こしました。
よっぽどのことがない限りアイデアを実現してくれる
『ヤツガタケSTREAM』を終えて数日後に、髙橋さんにインタビューをさせていただきました。
改めて感想はいかがですか?
大成功だと思っています。関係者は『ヤツガタケSTREAM』ロスになっています。僕にとってはずっと描いてきた世界で、達成感はあるんですが、もう次を見ています。
茅野市民館とかかわる最初のきっかけは何だったんですか?
『変身市場』の企画が市民館で立ち上がって、そこで市場の担当を僕に任せたらという声が出たらしいです。話を聞いたら面白そうだったので参加することにしました。
その後『ヤツガタケSTREAM』となる企画の話をいただいた。打合せで辻野社長が「UAさんがいてくれたら」といきなりハードルを上げてきて(笑)。でも、その名前が出たときに「八ヶ岳のアーティストが集まれば絶対楽しくなる」という確信が生まれました。
普段イベントプロデューサーをされてきたことが生かされたんですよね。
『乙事キャンプ』というイベントは今年20周年になります。ほかに『SouqSouq』というマルシェもやっています。僕はもともとミュージシャンで、東京ではメジャーデビューの話もありました。しかし業界の人とやりとりしていると好きな音楽がやれないという壁にぶつかる。それで地方の山の中での音楽フェスとか、クラブミュージックとか知る人ぞ知る世界で活動をしてきました。それがいわば”アンダーグラウンド”で、居心地が良かったし自由度が高かった。だけど食えないわけです(笑)。
「ずっと描いてきた世界」というのは「アンダーグラウンドと”オーバーグラウンド”をつなげたい」という思い。つまり「知る人ぞ知る」ではなく、自由にできて、社会に迷惑をかけず、一般の人たちにも納得してもらえることをやりたかったんです。それが『変身市場』で土台ができ、『ヤツガタケSTREAM』という形で実現できて、スタート地点に立てたという感じでした。
それまで髙橋さんには、茅野市民館はどう見えていらしたんですか?
茅野市民館とかかわりができる前は、僕はこの地域の最終処分場に反対していたこともあって、市の施策に対して良い印象を持っていなかったし、その時期にできた市民館に対しても同じでした。でも友人のイベントを手伝ったり、UAのコンサートを見たり、自分が使うようになる中で、いいところだな、スタッフもみんな優しいし、と。そう思い始めたころ声がかかったんです。
「市民のアイデアを実現する」という市民館のやり方は、実際に体験していかがですか?
その姿勢をすごく感じましたね。市民館のスタッフが率先して動いてくれるし、話が早いし、よっぽどのことがない限りアイデアを実現してくれる。すごいと思いますよ。市民館で自分の持っていない価値観に出会えた気がします。
『ヤツガタケSTREAM』、髙橋さんの中ではどんな流れになったらと?
いや、これは僕からやろうというプロジェクトではないと思っています。でもみんな、2回目があると思っている。それより僕はまず、茅野市民館に携わらせていただいた恩返しではないけれど、貸館で何かイベントができないかと企んでいるんです。
失敗できるのが文化芸術の良いところ
同じ質問を辻野さんにもぶつけてみました。
『ヤツガタケSTREAM』は来年もやりますか?
それは市民の皆さんの声次第。待望の声が上がればやるかもしれません。
もっと多くの人がかかわったり、新たなアイデアが加わることが条件だったりするんですかね。そうやって新たな展開が動き出すように差し向けている?
いやいや(笑)。でも事業公募をやりながら思うことは、市民館の方で考えたビジョンを説明するよりも、市民の中から自然に湧き上がってきたものを見せるのが大事なのかもしれない、ということです。だから失敗してもいいんですよ。失敗できるからこそ文化芸術なんです。そのことはまったく恐れていません。
最後に、改めて茅野で、茅野市民館で「地域文化創造」(会社名でもある)を行うことの意味を伺いました。
「昔の市民会館は中央、東京が発信した作品や展示を回していたからどこでも同じだった。今は多様なものを共有して、面白がっていくのが大事。それぞれの地域の面白いものがつながった方がいいと思うんです。市民館の役割は、実は、人びとの暮らしを楽しくしていくこと。それを、文化芸術を一緒に創造しながら伝えていく。大掛かりなことは考えず、地域の持っている力をプレゼンテーションできれば意味がある。そうやって文化芸術に親しむ人を育むことが、結果として、中央のものを受け入れる土壌にもつながるんです。地域と中核都市、中央にも役割がそれぞれあるので」(辻野さん)
茅野市民館の活動にはたくさんのヒントがあります。市民が主体となって、地域の文化をつくり出し、互いに学び合い、交流する。参加した人たちがそれを楽しんでいる。そんな「場」が県内外の至るところに広がったら素敵なことだと思います。いや、実はすでにあちこちにそういう場があるのかも。
自分たちから主体的に文化芸術の活動を行っている人びとに、これからも注目していきたいと思います。
人物撮影:モモセヒロコ 取材・文:いまいこういち(サイト・ディレクター)
私は文化を楽しむ場に興味があり、市民館のほかにも地元のいろいろな文化活動団体に携わっています。3代目の理事長として私に期待されているのは、皆さんの気持ちを大事にしながら、市民館と外の企画をつないだり、外の風を持ち込んだりすることだと思います。館に来られない方のところに文化芸術を届けたり、ほかのイベントと連携したり、といった活動も発展してきました。サポートCは、文化を楽しみたい、館を盛り上げるお手伝いをしたいという市民の皆さんの窓口です。
茅野市民館10周年を記念した「縄文のうた」の歌詞の公募で、私が作詞した『つないで』を選んでいただきました。その曲が市内の小中学校、保育園に配られ、ダンスの団体が踊ってくださったり、盆踊りでも使っていただいたりしています。館の企画ではUAさんをはじめ著名な歌手の方々が歌ってくださいました。こんなに長生きさせていただいていることに温かさを感じます。サポートCの方々に誘われて活動に参加するようになり、今は劇場に出かけられない方たちのもとへお芝居を届ける、市民館の講座から生まれた「おでかけ隊」という自主活動もしています。