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ザワメキアート展2019-信州の障がいのある人の表現とアール・ブリュット

ザワメキアート展2019-信州の障がいのある人の表現とアール・ブリュット

「障がいのある人の表現」とくくってしまう価値観を見つめ直し、鑑賞者を感化する「アートとしての底力」を紹介する

今年で4回目を迎える、ザワメキアート展が松本市美術館を経て、開催中の佐久市立近代美術館(2/8~24)、銀座NAGANO(2/28~3/1、※新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から中止になりました)と続きます。

  • ザワメキアート展
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  • ザワメキアート展
  • ザワメキアート展

「ザワメキアート」は、障がいのある人が表現した作品や創作する姿に向き合ったときにおぼえる、どこか”心がザワザワとする不思議な感覚” にスポットを当て、そう名づけられています。長野県内で、障がいのある人が、ひそかに、黙々と、コッソリと、時には堂々と表現した作品を公募して、選ばれた作品と作家を県内外で紹介する展覧会です。また、募集から選定、展示までのプロセスを通して、「障がいのある人の表現」とひとくくりにされがちな価値観を見つめ直し、障がいの有無にかかわらず、鑑賞者を感化する「アートとしての底力」を紹介していくことを目指しています。

本年度選ばれた20人の中からお二人を選び、作品の背景にある物語をお届けします。

西村美恵子さんの場合
  • ザワメキアート展・西村美恵子さん作品
  • ザワメキアート展・西村美恵子さん作品
写真提供:信州ザワメキアート展2019実行委員会

無限ループのような描き込みが観る者を吸い込むように引き付ける

駒ヶ根市に知的障がいの方の豊かな暮らしと社会的自立を目指す障がい者支援施設がある。ここでは言葉によるコミュニケーションが困難な利用者さんが半数を占める。施設内の大きなアトリエでは、日がなアート活動をする利用者さんもいる。これまで4回のザワメキアートで、なんと8人が選ばれ紹介された。

西村美恵子さんはグループホームで暮らし、日中は施設で内職をしながら絵を描いている。取材時間になって作業部屋からアトリエに移動する際、職員さんから「美恵子さん今日はおしゃれだね」と明るい声がかかった。

ザワメキアート展・西村美恵子さん西村美恵子さん
ザワメキアート展・西村美恵子さん

この施設でアート活動を担当する美術作家の小川泰生さんは、かつて偶然入った展覧会で観た障がいのある方のアート作品に衝撃を受けた。東京から移住してきても興味を抱き続け、2年前にこちらで勤め始めた。小川さんは西村さんの絵について「プリミティブなパワーを感じて衝撃を受けました。いつも目、輪郭を描いた後で、なぜか顔の右半分をぐるぐる描き続ける割合が多い。そこが黒々と濃くなり、紙に穴が空くこともあります。本人が『おしま!(おしまい)』と言えばその日の制作は終了となります。作品の完成のタイミングは本人の表情や作品の状態を見ながら僕が判断することが多いです。西村さんに明確に終わりがあるのだろうかと考えさせられます」

ザワメキアート展・小川泰生さん小川泰生さん

新たな展開に進むきっかけを渡してみたい

画用紙の前に座った西村さんは、マーカーを手に取ると心を鎮めて墨を磨るかのように一定のリズムで描く。表情も視線もほぼ動かさず。それからドットのシールを貼る。早ければ10分ほどで終わる工程がこの日は20分にも及んだ。「表情には出さないけれど取材がうれしかったと思いますよ。今日はサービスだったかもしれません」(小川さん)。二人はハイタッチをして作業部屋に戻っていった。

昨年の秋、小川さんは、アンフォルメル中川村美術館で障がいのある人の作品を集めた展覧会を行った。そのフライヤーの表面を飾ったのが西村さんの作品。以来、彼女はフライヤーを机に置き、持ち歩くようになった。今はそれがザワメキアートのフライヤーになっている。

ザワメキアート展・西村美恵子さん

「西村さんの作風は落ち着いてきているので、新たな展開に進むと面白いかなと。紙の向きや大きさを変えてみたり、きっかけを渡せればと思っています。ただ強制はしません。うながしをしても変わらず同じものを描く人もいますから。そこは楽しんでもらうことの方が大事」(小川さん)

そう語る小川さんは「ここに来て自分の絵がつまらなく感じることが多くなって。皆さん技法や論理を超えてすごいものを描く。いつも打ちのめされっぱなしだけど、この仕事はとても楽しいです」と誰よりも刺激を受けている。

池内浩史さんの場合
  • ザワメキアート展・池内浩史さん作品
  • ザワメキアート展・池内浩史さん作品
撮影:大木文彦 写真提供:信州ザワメキアート展2019実行委員会

1枚の画用紙に40億年前から現代までの壮大すぎる動物絵巻をミクロに描き続ける

松本の就労支援事業所に着くと、池内浩史さんが両手を大きく振って出迎えてくれた。部屋に入り、さっそく机の上に重ねた画用紙に小さな点を打つように描き始める。その絵は『生命大躍進』がテーマで、画用紙の中には40億年もの生物の歴史が隙間なく描き込まれている。右下から時計回りに時間が流れる様は、彼を惹きつけた国立科学博物館『生命大躍進展』の会場を見て回っているかのよう。

ザワメキアート展・池内浩史さん池内浩史さん
ザワメキアート展・池内浩史さん

「これはいろんな動物の集合体」とたくさんの点を打つ手法は、ザワメキアート展応募後に新たに獲得した表現なのだと教えてくれた。彼には点一つにもさまざまな生物の生き生きとした姿が見えている。「ザワメキ、見た?」「うん、よかった」「どんなふうに?」「すごく」「ほかの人の作品は?」「すごく良かったよ」「恐竜、好き?」「うん、古生物は全部好き」。一問一答のやりとりが点を打つリズムとシンクロしていく。

ザワメキアート展・砂子恵美さん砂子恵美さん

高校を卒業後、ここに通い始めて2年。池内さんは普段、味噌を袋に詰めて納品する内職をし、自由時間に画用紙に向かう。ところがある日、急に描かなくなってしまった。それが気になった担当の砂子恵美さんが「また描いてくれないかな」とザワメキアート展への応募を提案。砂子さんはいつも池内さんの絵をルーペで覗いているファンの一人だった。「どの生物も笑顔なのがいいんです。時折パンダなんか発見するとうれしくなります」

古生物のデータ採集もライフワーク

ザワメキアート展・池内浩史さんの本棚池内さんの家の本棚

池内さんの古生物好きは突き抜けている。家には図鑑が並び、都内などの企画展にも足を運ぶ。図書館や書店も大好き。古生物に関するデータ”採集”も彼のライフワークで、世界中の展覧会をネットで調べ、学名、英名、時代、所蔵先、日本初公開年などをエクセルにまとめている。英名もスラスラ口にするし、古生物の説明は饒舌が止まらない。ただ抜群すぎる記憶力ゆえ、たまにオーバーヒートして家族を困らせることもあるとか。

「だからこそ描くことは池内さんには大事なアウトプットなのかもしれません。もし池内さんの解説を聞きながらその絵を見る機会があればきっと見方も深まるし、彼の能力を知ってもらえると思うんです」(砂子さん)。

これまでは納得いかない絵は破ったり捨てたりしていたそうだが、ザワメキアート展は池内さんに確実に刺激をもたらした。「展示をしていただいて、完成させるとみんなが喜んでくれることがわかったみたいです。今日は取材もあったせいか8枚の絵を同時進行で描いていましたが、こんなに多いのは初めて見ました」(砂子さん)

そんな池内さんの夢は、この『生命大躍進』をディズニーに映画化してもらうことだ。

ザワメキアート展・池内浩史さん

「この表現は面白い」と気づくことで、障害ある人へのまなざしが変わる

最後に、信州ザワメキアート展2019実行委員長を務めている関孝之さんに、4回の開催を通して感じていらっしゃることを伺いました。関さんはNPO法人ながのアートミーティングの代表として、障がいのある人のアート活動のため、県内各地にワークショップを届ける活動を長く行っています。

ザワメキアート展関孝之さん 写真提供:信州ザワメキアート展2019実行委員会

ザワメキアート展では作品の完成度に着目しつつも、それぞれの作品がどういう背景から生み出されてきたのかを取材を通して、そのモノガタリを一緒に展示してきました。応募は本人ではなく、多くが福祉施設の関係者を通じてなのですが、この4年の間に、かつては稚拙だとしてスルーされてきた表現に、「これもアートだ」「面白いかも」と日常の中で気づいてくださる方が増えてきたように思います。そして観に来てくださるお客さんの側にも、「こういうものもアートなんだ」「こういう表現があるんだ」と驚き、面白がる方が増えています。何よりうれしいのは、福祉の現場では眉をひそめるような行為も「その人の表現だね」と見直されたり、周囲が障がいのある人に向ける「まなざし」が変わってきたことです。

人間は誰しも内側に言葉にならないモヤモヤを抱えながら生きています。それが脳の中で何かとつながった瞬間に、体が動いたり声になったりする。私はそれが表現だと思うんです。しかし表現として成立するには周囲の受け止めが必要で、また表現に対するやりとりがコミュニケーションの原型になる。障がいのある人の中には、内面に言葉を持ちながらも、障がいゆえに出せない人も多いんです。「おぉ」とか「あぁ」とか、出てきても一言、二言かもしれない。でも彼らの表現は単に絵や造形物ではなく、言語化されないモヤモヤとしたモノガタリが反映されていることもあります。だからこそアートや表現が生きる上でとても大事なのです。日本ではアートや美術が既存の価値基準に縛られがちですが、もっと自由に、もっと豊かに感覚的なやりとりできる文化になることが求められているのではないでしょうか。

ザワメキアート展・池内浩史さんお客さんが鑑賞の感想をたくさん書き残してくれました

今回は、西村美恵子さん、池内浩史さんを紹介しましたが、ザワメキアート展の会場には観る者の心を揺さぶってくる、パワーにあふれた作品が数多く並んでいます。月並みですが、まずは足を運んでいただければと思います。そして作品に添えられたコメントを読んで作家の皆さんの創作風景や日常に思いをめぐらせてみてください。その想像力こそが、心がザワめいてくる理由を教えてくれるかもしれません。

人物撮影:円山なみ
取材・文:いまいこういち(サイト・ディレクター)

ザワメキアート展

ザワメキアート展2019
佐久市立近代美術館 2020年2月8日(土)~2月24日(月)
銀座NAGANO 2020年2月28日(金)~3月1日(日)※新型コロナウイルス感染症拡大防止の観点から中止になりました(2/26発表)

ザワメキアート展

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