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creative.nagano~アートの場をつくる人びと 第1回 菊地 徹さん

creative.nagano~アートの場をつくる人びと 第1回 菊地 徹さん

長野県内で、アートや文化を通じて新たな出逢いを生み出す、クリエイティブな場づくりをされている皆さんにフォーカスを当て、お話をうかがっていきます。また、そんな皆さんが注目している県内のスポットや、同じように場をつくっている人たちを紹介いただきます。この連載を通して、「CULTURE.NAGANO」のサイトに、長野県内のクリエイティブなネットワークを浮かび上がらせることができればと思います。第1回目は松本市のブックカフェ「栞日sioribi」の店主、菊地徹さんにご登場いただきます。

栞日sioribi
栞日 sioribi

2013年オープン。2016年に現在の場所に移転した。国内の独立系出版物を中心に扱うほか、併設する展示室では企画展を開催。こだわりのコーヒーやドーナツなども楽しめる。
松本市深志3-7-8 Tel.0263-50-5967

世の中のメインストリームではないところにこそ「見たことのない表現」「触れたことのない考え方」と出会い予期せず心揺さぶられることがあるんです

本屋さんでコーヒーが飲めるようになったのは、いつのころからでしょう。本がインターネットやコンビニで流通し始め、電子書籍が登場したことなどもあり、街の本屋さんがここ数年、少なくなってきている気がします。

その隙間からニョキニョキと顔を出しているのが、本のジャンルをより特化したり、定期的にイベントを開催したり、カフェを併設したりなど店主の想いを前面に打ち出した本屋さんです。
週刊誌やベストセラーなど、それまで当たり前に手にしていたものは店頭にないかもしれません。しかしある層のお客さんにとっては、とても居心地がいい空間だったりするのです。

「栞日sioribi」店主・菊地徹さん「栞日sioribi」店主・菊地徹さん

暮らしをテーマにした全国のリトルプレス(昨今はインディペンデント・パブリッシングと呼ぶのがお気に入りらしいです)という、これまたニッチなジャンルの本を集めたブックカフェとして2013年にスタートした松本市の「栞日sioribi」もその一つです。

店主の菊地徹さんは「どこかの街の、誰かの暮らしが本を通して垣間見えるのがリトルプレス。書きたい人が書きたいままを表現しているから、その人の息遣いみたいなものが損なわれることなくアウトプットされているのが魅力です。手に取って読んでくださった方が、こういう暮らしをしている人がいるんだということを知って、ここは自分の暮らしに活かせるかもしれないと気づいてくれたらうれしい。そうやってこの街の一人ひとりの暮らしが少しでも、1ミリでも豊かになればという想いがあったんです。それが栞日の役割、というのが初期設定」と笑います。

自分にとっての心地良さを押し付けるだけでいいのかという疑問が多様性に出会える場所を目指すきっかけに

  • 栞日sioribi
  • 栞日sioribi
  • 栞日sioribi
  • 栞日sioribi
  • Photo:Kokoro Kandabayashi

菊地さんが笑ったのは、オープンから今まで、栞日ではいろんなことが生まれてきたからです。
写真やイラストを展示するギャラリーを始めたり、ゲストを招いたトークイベントを行っています。
冬の松本の街歩きを楽しんでいただく「Matsumoto Winter Walker」、木崎湖に隣接するキャンプ場を舞台にした本のイベント「ALPS BOOK CAMP」を生み出してきました。
店舗の移転・拡大を機に表現性の高いアートの本を増強し、旧店舗だったところに松本生活をお試ししてもらう長期滞在限定の宿「栞日INN」も開業しました。
さらに、松本でお店を開きたい人を応援する空き家見学会を実施し、自身でも新たにオープンした「栞日分室」で暮らしの道具の展示や映画上映までも行っています。

「開業してから店と街、僕と街の関係を捉え直す機会が、繰り返しやってくるわけですよね。そういう中で当初は考えていなかったいろんなことが起こったというのが正直なところ。店の壁をギャラリーにして展示を始めたことで新たなお客さんが訪れるきっかけができた。展示を定期的に実施したらアーティストとのつながりができた。もともと美術とか写真に強い興味があったわけではないけれど、目の前にはその表現に何かを託したい人がいるわけです。だったらその表現を僕なりに理解したいなと思う好奇心もありました。そうするうちに“心地良い暮らしのヒント”という栞日のキャッチフレーズ自体にも疑問が湧いてきたんです。僕にとっての心地良さを押し付けるだけでいいのかと。僕が理解できるできないではなく、その表現に心を揺さぶられる人がいるかもしれない。だったら表現をした人と、揺さぶられる可能性がある人をつなげるチャンネルをもっと広げることこそがリアルな店舗を構えている意味なんじゃないかなって思うようになったんです」

  • ALPS BOOK CAMP木崎湖に隣接するキャンプ場を舞台にした本のイベント「ALPS BOOK CAMP」
  • ALPS BOOK CAMP書店をはじめ、飲食店、アウトドアグッズ、クラフト作品、雑貨店などが出店。ライブイベントも開催
  • Photo: Yukihiro Shinohara

そんな想いが栞日の手がけるすべての活動のベースには流れているのです。それが店舗の中に収まりきらず、街にこぼれ出したというのが本当かもしれません。たとえば毎年恒例となった「ALPS BOOK CAMP」は、「同じベクトルを持っているインディペンデントなプレイヤーと一緒に一つのシーンをつくった方が多様性を生み出せる。たくさんの本屋さんと一つの大きな本屋さんをつくったら面白い」と始めたもの。

栞日分室での展示は「僕もクラフトは好きだけれど、街中にクラフトのギャラリーがあまりに多いから栞日ではやらなかったんです。けれどライフスタイル自体が商品化されて売られている現状に疑問があって、誰々が紹介しているライフスタイルだから素敵だとただ取り入れるのではなく、なぜ自分はそれが好きなのかを考えてほしい。それでこれからの日用品を考えるというコンセプトで日用品のためのギャラリーをやろうと」という考えに基づいています。ちなみに菊地さんによれば「映画も日用品です」だとか。

栞日分室栞日分室

栞日に置かれたリトルプレス、展示されているアーティストの作品、そして数々のイベントにはもう一つ、菊地さんが届けたいメッセージが込められています。それは―――

「マスなメディアの情報に物事を判断する材料を委ねている人は多いじゃないですか。けれど情報もカルチャーも大手の流通に乗るものがすべてではない、メインストリームじゃないところにこそ地下水脈があるということを知ってほしいんです。栞日では情報性より表現性の強いものに出会ってほしい。触れたことのない考え方を提案してくれたり、自分の人生に予想外の展開をもたらしてくれる可能性があるから」

栞日ではそうした出会いを創出するために、菊地さんはいろいろな企画を考え、栞日への入口を多様化しているのです。

皆さんに届けたい本に触れていただくという想いはブレていない

栞日分室

「たしかにいろんなことをやっている栞日ですけど、届けたい本をしかるべき読者さんにちゃんと届けるということをやりたい本屋だという自覚が僕の中にはあって。本屋であることから遠ざからない限り、栞日は栞日だと思っています。ですからその本にアプローチする人たちの幅、層もなるべく広く確保したいんです。僕が本を通じて紹介したいカルチャーシーン、文化芸術シーンが多様なように、集まる人たちの年齢層も興味もごちゃごちゃしていた方が面白いじゃないですか。理想には近づいている手応えはあります。でももっともっとこの街の人に来店していただいて、こういう本が世の中にあるんだという気づきを持ってほしいです」

栞日では、さまざまな入口から入ってきたお客さん同士が出会い、つながり、ことが起こるという現象も始まっているのだとか。そんな様子を横目で眺めながら、今日も美味しいコーヒーを淹れ続けています。栞日に出かけたら、まずは店を、本棚をゆっくり見回してみてください。何かが始まるきっかけがあるかもしれません。

栞日分室Photo: Kokoro Kandabayashi

※令和2年6月に開催を予定していた「ALPS BOOK CAMP」は延期になりました。今後の開催情報など詳細は公式ホームページでご確認ください。
「ALPS BOOK CAMP」公式サイト

私が注目する 【creative.nagano】

「creative.nagano」では、お話をうかがった方々に、今注目している「アートの場」や「アートの場をつくる人びと」をその魅力とともに紹介していただきます。次回はそちらに伺うかもしれません!

  • Give me little more.
    Give me little more.(松本市) 信州大学出身、音楽活動も行う新美正城さんが店主のご飯とお酒が楽しめる多目的イベントスペース兼バー。
    「松本にはここでインディペンデントの音楽シーンと出会った人は多いんですよ。ディープな場所で、入りにくいとも聞くけれど、新美さんは毎日バー営業をしたり、美味しいスパイスカレーを提供したり、むしろ間口を広げる作業を積極的にやっている。また海外のアーティストとも新美さんが直接やりとりして演奏の機会をつくっているのも貴重。インディペンデントの音楽をそもそものファンだけに留めずに、知らなかった人たちに情報を届ける役割を担ってくれている。そういう意味で僕は新美くんに一方的に仲間意識を抱いているんですよ」
  • 本・中川
    本・中川(松本市)店主の中川美里さんが書店員としての経験を活かしてそろえた絵本、写真集、アートブック、自然などビジュアルで楽しむ本が充実した本屋さん。絵本の原画展など数多く開催しています。
    「本・中川さんが松本で先にオープンしていたら、僕のやりたかったことはすべて満たしてくれているので栞日はなかったと思います。同じ本屋としてリスペクトしかありません。小さい空間の中に文学的な香り、詩的な情緒みたいなものがキュッと集積していて、何時間でもいられる心地の良い場所。絵本や写真集は古本から注目の若い才能の新刊まで充実した品ぞろえ。一方、鳥や猫への中川さんの偏愛ぶりも感じられるのも面白い。ギャラリーの展示も含め、幅広いお客さんを受け止めてくれる本屋さんです」
  • してきなしごと
    してきなしごと(安曇野市)詩的な感性と独自の視点で、詩の執筆、朗読、グラフィックデザインを行う詩人、デザイナーのウチダゴウさんのスタジオ。ギャラリーも併設されています。
    「ゴウさんがご自分の表現を追求するには、松本はまだまだノイズが多すぎたのかもしれません。安曇野に移ってからの作品の端々にそんなことを感じます。ギャラリーはすごく小さな空間だけれど、ゴウさんがその制約の中でどういう表現をするかという面白さがある。また取り上げるアーティストも自然に囲まれた環境で見るからこそ価値がある人たちばかりで、展示もそうした意識が行き届いている。きっとアート作品に触れ、詩人と話すことでさまざまなインスピレーションを得られる場所だと思いますよ」

取材・文:いまいこういち(サイト・ディレクター)
撮影:平林岳志

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