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江戸時代の地芝居の雰囲気を現在もそのまま体感できる大鹿歌舞伎

江戸時代の地芝居の雰囲気を現在もそのまま体感できる大鹿歌舞伎

大鹿歌舞伎

多様な地域性をもつ長野県には、各地に、神楽、地芝居、人形芝居など個性ある伝統芸能・民俗芸能がたくさんあります。娯楽として、豊作などを願う神事として、その発展の仕方、受け継がれ方もさまざまです。「CULTURE.NAGANO」でも、こうした長野県固有の伝統芸能・民俗芸能について、重点をおいて取り上げていきたいと思います。

最初に取り上げるのは、下伊那郡大鹿村の大鹿歌舞伎です。大鹿歌舞伎は、2017年に、全国で初めて地芝居として国の重要無形民俗文化財に指定されました。大鹿歌舞伎の来歴、例年行われる5月と10月の定期公演の様子、子どもから高齢者までが参加する村ぐるみの保存・継承の取り組みをご紹介します。

※令和2年5月3日に開催を予定していた「大鹿歌舞伎」春の定期公演は残念ながら中止になりました。秋の定期公演など開催情報は下記でご確認ください。
「大鹿村」ホームページ

舞台上の熱演と客席の盛り上がりが生み出す一体感が魅力

大鹿村観光協会のウェブサイトには「信州で2番目に山奥の村」と表現されている南信州の大鹿村。長く険しい山道を抜けると、小渋川の澄んだ流れに沿って急に平地が広がります。それまでの狭い道路をすれ違いに注意しながら車で走った緊張が解けたせいか、なんだか桃源郷に足を踏み入れたような不思議な気分になります。春になると大鹿村を囲む山々に濃いピンク、淡いピンクの桜や桃の花が華やかに咲き誇る風景はまさに桃源郷、その美しさは圧巻です。

そして、新緑が目にまぶしい5月3日、毎年、大磧(たいせき)神社の舞台で大鹿歌舞伎の春の定期公演が行われます。

大鹿歌舞伎桜の名所、大西公園(写真提供:大鹿村観光協会)

大鹿歌舞伎は1767(明和4)年にはすでに上演されていたという記録が残る地芝居です。1996年に国の選択無形民俗文化財、2017年には国の重要無形民俗文化財に地芝居として全国で初めて指定されました。また片岡孝太郎さん主演『Beauty うつくしいもの』、原田芳雄さん主演『大鹿村騒動記』と、映画の題材にもなったことで話題を呼びました。

公演当日には、正午の開演を目指して、地元の方だけではなく全国から多くの方々が三々五々、舞台のある境内に集まってきます。心地良い日差しのもと、そよ風に吹かれ、ゴザの上に置いた座布団に座って家族でお弁当やお酒とともにのんびり芝居を楽しむ風景は、大鹿歌舞伎が始まった当時と変わりません。

「大鹿歌舞伎をご覧いただくとわかるのですが、俳優の熱演が伝わって、お客さんが自然と手を叩いたり、声をかけたり、おひねりを放ったりしてくれるんです。客席が盛り上がるとまた舞台上の熱が上がる。一体感と言いますか、そういう雰囲気が体感できるのが地芝居の面白さです。日本人は昔からそうやって神社の境内や地域の芝居小屋でお芝居を楽しむ文化がありましたよね。芝の上に居ると書いて芝居。だからこそ私たちは頑なに昔のままの観劇スタイルを守っています。そんな昔ながらの風情を楽しみに村外から繰り返し来てくださる方もたくさんいらっしゃるんですよ」

そう教えてくださったのは大鹿村教育委員会事務局の北村尚幸さん。北村さんは大鹿歌舞伎を保存会事務局の一員として支え、また愛好会のメンバーとして物語を語る義太夫の太夫を務めている方です。

かつては村の地域力の見せどころだった

「そもそも歌舞伎は都市型の芸能だったわけです(江戸、大坂、京都では大きな芝居小屋が官許を得て興行を行いました。役者はその芝居小屋に所属していたのです)。けれども、そういう芝居小屋に属さない(フリーランスの)集団も少なくなかったようで、街道筋の村々の大きな屋敷を回っては歌舞伎を披露した。それを見た村人たちが手ほどきを受けて始まったのが地芝居だと言われています。静岡県浜松市に秋葉山神社があり、伊那谷の人びとも、静岡県と長野県を結ぶ交通や交流の要衝となっていたこの秋葉街道を通って参詣したそうです。この街道を通して大鹿村にも入ってきた歌舞伎が、最大の娯楽として根づきました。江戸時代、村人が地芝居に現を抜かすことで、幕府に納める年貢に障りがあってはいけないと原則ご法度になったんですけど、単なる娯楽ではなく、神様への奉納芝居として春と秋のお祭りになんとかやらせてもらっていたようです」(北村さん)

大鹿歌舞伎
大鹿歌舞伎

大鹿歌舞伎で上演されている演目は、人形浄瑠璃がもとになった義太夫狂言、つまり太夫の語りと三味線の演奏によって物語の状況説明をしていく、もっとも古い歌舞伎のスタイルが基本になっています。本来は太夫と三味線は別々ですが、大鹿歌舞伎では一人が弾き語りするのが特徴です。

その演目は『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』『奥州安達原(おうしゅうあだちがはら)』など有名なもののほか、大鹿村だけに伝わる『六千両後日之文章重忠館の段(ろくせんりょうごじつのぶんしょう しげただやかたのだん)』もあります。

そして大鹿歌舞伎が最盛期だったころには、村の神社の境内などに間口6間・奥行4間・総2階の芝居小屋がなんと13カ所もあったそうです(現在上演可能な舞台は4カ所)。

「このあたりは江戸幕府の幕府領でした。徳川家康が当時は沼地だった江戸に幕府を置いて、都市を築くために森林資源を押さえておかないといけないということで、大鹿や飯田の遠山郷などの大森林地に目をつけていたようなんです。大鹿は林業が発展していて、榑木(くれき)という屋根材を年貢として納めていました。そうした森林資源が村に経済的な余剰をもたらしたのではないかと言われています。つまり裕福でないと小さな村で13カ所も舞台は維持できないでしょう。それでなくても歌舞伎は鬘や衣裳も必要ですし、人手もいる。そういう意味では村の地域力が試される芸能だとも言えるかもしれません」(北村さん)

村を挙げて大鹿歌舞伎を伝承する取り組みも

大鹿歌舞伎大鹿村立大鹿中学校による公演

今も親しまれている大鹿歌舞伎ですが、これまでの道のりは常に順調だったというわけではありません。戦後、混乱が収まり好景気になると地域の働き手であり芝居の担い手でもあった若者がどんどん都会に出ていくようになりました。そのため、それまで集落ごとに行われていた歌舞伎も、みんなでまとまらなければ継続が難しい状況になってしまいました。これは全国の伝統芸能、民俗芸能が抱えている課題ではないでしょうか。

大鹿歌舞伎がよそと少し違うのは、いち早く村を挙げて保存に取り組んだことです。大鹿村では昭和31年に大鹿歌舞伎保存会を立ち上げました。会長には村長、事務局長には教育長が就任し、議会議長、商工会長、観光協会長といった各団体の代表の方によって構成されています。大鹿歌舞伎を村の誇り、そしてアイデンティティとして守ってきた村民の皆さんの強い想いがあってこそ、今の大鹿歌舞伎の元気な姿があると言えます。

  • 大鹿歌舞伎大鹿村立大鹿小学校の授業の様子
  • 大鹿歌舞伎大鹿村立大鹿中学校の授業の様子

「舞台の上演に携わるのが大鹿歌舞伎愛好会で、役者やスタッフなど小学生から80代まで幅広い年齢層のメンバーが35、6人おります。

一方、保存会は保存・継承の事業をやっています。そのメインは春と秋(10月第3日曜日、市場神社)の定期公演です。以前はお客様に大鹿歌舞伎の魅力を十二分に伝えたいということで名優が演じていたのですが、近年では若い人にどんどん役を渡すなど後継者育成の意味合いも強くなっています。

それ以外にも昭和50年に大鹿村立大鹿中学校に歌舞伎クラブを立ち上げ、現在では総合学習の授業時間に全校の生徒が男の子も女の子も歌舞伎をやっています。そして大鹿村立大鹿小学校でも歌舞伎教室ということで4年生が稽古を重ね、毎年3月に村民の皆さんに披露する発表会をやっています。私も小学校、中学校に週1回は指導に出かけているんですよ。

さらに最近は村にツアーに来てくださったお客さん向けに体験型のワークショップをやったり、何日か村に来ていただいて練習し、子どもたちの歌舞伎教室の発表会で一場面を上演するというような試みも行っています」(北村さん)

そのほか長野県伊那文化会館での『信州農村歌舞伎祭』、愛知・静岡にまたがる三遠南信地域の地芝居が集まる『三遠南信ふるさと歌舞伎交流大会』、全国各地での出張公演にも取り組んでいます。またドイツやオーストリアなど海外公演も行ったことがあります。

今年の演目は『一谷嫩軍記』『神霊矢口渡』

大鹿歌舞伎『一谷嫩軍記 須磨浦の段』
大鹿歌舞伎『神霊矢口渡 頓兵衛住の段』

今年の春の定期公演では『一谷嫩軍記 須磨浦の段』(いちのたにふたばぐんき すまのうらのだん)『神霊矢口渡 頓兵衛住の段』(しんれいやぐちのわたし とんべえすみかのだん)が上演される予定です。4月に入ると稽古が始まります。

大鹿村の人びとは昔、歌舞伎見物の際には「ろくべん」という漆塗りの弁当箱を重ねて外箱に入れた道具をいくつも提げて出かけたそうです。古文書によると、施設の役人のもてなしの献立は、巻き玉子、干し鮎、鯉と山せりのお吸い物、そば、タケノコなど長野県の山の幸から静岡県の海の幸まで色とりどり。もちろんお酒も欠かせません。さすがにここまではいかなくとも、庶民もこの日だけはと奮発したようです。

観劇にお越しの際は、観光協会で「ろくべん」の料理を注文して、美しい自然の中で大鹿歌舞伎を楽しみ、鹿塩温泉に宿泊してみてはいかがでしょう。観劇後は、映画『大鹿村騒動記』で、原田芳雄さんが演じる風祭善が経営していた鹿肉食堂「ディア・イーター」に立ち寄ってみるのもいいかもしれません。

大鹿歌舞伎『ろくべん 先人が伝えた、おいしい未来』より(制作:大鹿村観光協会)

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    神楽、盆踊り、人形芝居、農村歌舞伎、獅子舞など南信州の民俗芸能の継承団体では、県、市町村、南信州広域連合とともに、社会意識や生活環境の変化、少子高齢・人口減少が進む中、後継者の育成と未来への継承を推進するため、2015年に「南信州民俗芸能継承推進協議会」を立ち上げ、ポータルサイト「南信州民俗芸能ナビ」による情報発信、秋を中心にシンポジウムや講座を実施しています。
    南信州民俗芸能ナビ  https://mg.minami.nagano.jp/

取材・文:いまいこういち(サイト・ディレクター)
写真提供:大鹿村教育委員会事務局

大鹿歌舞伎

大鹿歌舞伎
[春の定期公演]
開催日:5月3日、会場:大鹿村大河原 大磧神社
[秋の定期公演]
開催日:10月第3日曜日、会場:大鹿村鹿塩 市場神社

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