アーティストは未来を見つめる『頑張るアーティスト応援事業』Part1
このたびの新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、県内でも多くの音楽や演劇の公演、美術展示などの文化イベントが感染拡大防止ために中止・延期となりました。これを受け、長野県では『頑張るアーティスト応援事業』を通して、発表の機会を失ったアーティストや団体の支援に取り組んでいます。密集、密閉、密接の「3密」を避け、感染防止対策を講じた、オンラインで鑑賞可能な創作活動を後押ししています。8月11日からは、「CULTURE.NAGANO」内に特設サイト「ARTS CHANNEL」を設け、活動成果となる映像作品の公開を開始しました。長野県ゆかりのアーティストが今この時期に創造した、バラエティに富んだ作品を順次アップしていきますのでご覧ください。
今回の特集では、この『頑張るアーティスト応援事業』に採択されたアーティストのうち、ましゅ&Keiさん(飯田市)、佐藤公哉さん(松本市)の2組に、このコロナ禍によって受けた影響や、『頑張るアーティスト応援事業』での創作に込めた思い、これからの活動の展望などをお伺いしました。
「頑張るアーティスト応援事業」の詳細は、こちらをご覧ください。
『Buddy!-離れていても-』テーマ型
いいだ人形劇フェスタも中止
相次ぐキャンセルのなか、映像での新しい発表機会に挑戦
飯田市では、8月に開催予定だった「いいだ人形劇フェスタ」が新型コロナウイルス感染症の影響で中止となりました。国内外から約300の劇団が飯田の街のあちらこちらで公演・パフォーマンスを行い、スタッフとして約2000人の市民が参加する、毎夏恒例、日本最大の人形劇フェスティバルです。中止となるのは40年を超える歴史の中で初めてのことです。
ましゅ&Keiは、ミュージック・クラウンとして活動しています。クラウン(道化師)と言えば、カラフルな衣裳と派手なメイク、デフォルメした動きが思い浮かぶのではないでしょうか。二人もコンビ結成当初はそうでしたが、その後、自分たちなりのスタイルを創造していったのです。外見をシンプルに、目線の動きや仕草で関係性をつむぐコミカルな身体表現と、ミュージックベルやバンジョー、鍵盤ハーモニカなどの楽器に加え、日用品やガラクタを使った音楽演奏を組み合わせた、ノンバーバル(言葉はほとんど使わない)なパフォーマンスを行っています。
2001年、彼らは、舞台作品『Buddy!-あ・い・ぼ・う-』を、1年もの間、東京と飯田市を行き来しながら製作し、いいだ人形劇フェスタで上演しました。そこから始まった街や市民との交流がきっかけとなって飯田に移住、飯田を拠点に県内外に活動の場を広げています。
子ども劇場・おやこ劇場の鑑賞会、イベントやお祭りなどに引っ張りだこのましゅ&Keiは、例年なら、夏のいいだ人形劇フェスタに向けた準備、そして秋からクリスマスにかけて、どんどん忙しい時期になっていくはずでした。それが、新型コロナウイルス感染症の影響が出始めた春先から、いいだ人形劇フェスタを含め、11月までのすべての予定がキャンセルになってしまったそうです。
- 普段のステージの様子
- 客席には子どもたちの姿があふれている
ましゅさん
「3月に仕事がなくなり始めたときはさすがに気持ちが落ちましたね」
Keiさん
「一時期は、電話かメールが来ると仕事のキャンセルのお願いばかりでした。またか、またか……という感じで。仕方がないので、同じようにつらい状況にあるパフォーマー仲間と気持ちをぶつけ合い、励まし、支え合っていました」
ましゅさん
「仕事がなくなって収入がないから、とにかく何か稼がなきゃいけない。そんなときに、頑張るアーティスト応援事業を知りました。ただ、当初は応募を見送ろうと話していました。僕らには映像表現の経験がなかったから」
Keiさん
「そのころ東京都では『アートにエールを!』プロジェクトが立ち上がって、東京にいる仲間とやりとりしているなかでこんな話になったんです。“たしかに映像は大変。けれど今、私たちは世の中に求められてないじゃない?そんな状況なのに、この企画は表現していい、発表していいって言ってくれて、しかもお金を出してくれる。うれしいことじゃない?”と。その言葉を聞いて、ましゅに改めて相談したんです」
ましゅさん
「僕らは、表現する場があること、それを観て喜んでくれる人たちがいることがうれしい。でもその二つが同時になくなってしまった。オンラインでの発表であってもその機会を与えてくれた県の事業は、次につながるモチベーションになりました」
距離が離れていても、絆は変わらない
今の時期に伝えたいこと
応募を決めたましゅ&Keiは、いいだ人形劇フェスタでかかわりのある仲間に声をかけました。演出には、松本市在住のひとり人形劇パフォーマー・くすのき燕さん(人形芝居燕屋)に声をかけました。くすのきさんの提案は、ましゅ&Keiが飯田市と深くかかわるきっかけとなった『Buddy!-あ・い・ぼ・う』を下敷きにした映像作品をつくろう、というもの。この作品はもともとくすのきさんが演出したのですが、二人はまったく想定していなかったので、最初は戸惑ったそうです。
頑張るアーティスト応援事業のために制作した短編芝居『Buddy!-離れていても-』は、『Buddy!-あ・い・ぼ・う』の登場人物、几帳面な「ましゅ」と大雑把な「Kei」が、今は遠く離れて暮らしているという設定。過去の舞台映像が挿入され、以前二人で旅していたころの様子が回想されます。今は会いたくても会えないBuddy(相棒)が、お互いを想像しながら手遊びをしていると不思議なことが起きて……「離れていても」変わらぬ絆の強さを感じさせてくれます。
- 『Buddy!-離れていても-』の撮影風景
- 左から3人目がくすのき燕さん
Keiさん
「コロナが広がって、ソーシャル・ディスタンス、新しい生活様式ということが言われますが、くすのきさんは“距離は離れていても、心は離れないということを伝えたい”と提案してくれた。いちばん伝えたかったのはそれだったんです」
もちろん、ましゅ&Keiも、くすのきさんも映像は初挑戦ゆえ、撮りこぼしがあったり、それぞれの意見がまとまらなかったり、完成までには七転八倒したようですが――
ましゅさん
「逆にそうしたやり取りが面白かったんです。方法は違っても、やっぱり僕らはものをつくるのが好きなんだなって。僕とKei、もう25年以上の付き合いになりますから、家族以上の関係です(笑)」
Keiさん
「尊敬もしているし大切だけど、うざったい(笑)」
ましゅさん
「作品づくりのときは、お互い遠慮しないでものを言うので、すぐ喧嘩になります」
Keiさん
「でもそれが私たちの絆!」
子どもたちに笑顔を
真っ先に私たちの舞台を届けたい
8月7日、本来であれば、いいだ人形劇フェスタが開催されていたその時に、ましゅ&Keiは『Buddy ! -離れていても-』のお披露目上映会を開催しました。会場の収容制限もあり15名ほどの小さな会でしたが、飯田の人形劇仲間が集まり、久しぶりに笑いの絶えない時間を過ごしました。ただ、いつも子どもたちの前に立ってパフォーマンスをしてきた二人にとっては、今、子どもたちのことが改めて気にかかるようでした。
ましゅさん
「活動が再開できるようになったら、いち早く子どもたちに僕らのパフォーマンスを届けたいです」
Keiさん
「そう。子どもにとっての1年ってすごく濃密ですよね。小学3年生は人生で1回しかやってこない。その大事な時間をしっかり味わえないことになるのが悔しいです。私たちのパフォーマンスは、真似して日常でやると、大人に“ダメよ!”と言われるような遊びがもとになっています。物を叩いたり、へんな使い方をしたり。今、コロナ禍で、いつにも増して子どもたちの生活は“やっちゃダメ”ということばかりだと思うんです。状況が許せば、早く、子どもたちに私たちのパフォーマンスを大騒ぎしながら見てもらいたい、一時でも解放してあげられたらと思います」
アーティストの発表機会が失われるということは、見る人たちの鑑賞機会が失われるということ。子どもたちの経験や成長、感性にかかわる営みという役割もアーティストの活動にはあります。
ましゅ&Keiの話を聞きながら、来年度の今ごろは、いいだ人形劇フェスタが今まで通り開催されて、子どもたちが街じゅうで行われるパフォーマンスや人形劇に笑顔を輝かせている様子を、想像してやみませんでした。
素顔の道化師「ましゅ&Kei」の作品「Buddy ! -あ・い・ぼ・う-」はこんな物語です。
撮影:松澤弘明
※撮影の際、時間を限定してマスクを外していただきました。
『青』テーマ型
自由な制作環境を求めて移住し、自宅で音楽制作
それでも募る「ライブ」への思い
佐藤公哉さんの活動は実に多彩です。「3日満月」「表現(Hyogen)」という二つのユニットで歌唱やボイスパフォーマンスを行い、ヴァイオリン、ビオラ、ハルモニウム、パーカッションなど多様な楽器を演奏しています。さらに作曲家、演奏家として、ほかのプロジェクトへの楽曲提供、演奏での参加も精力的に行なっています。2017年に旧四賀村(2005年に松本市に合併)の古民家に東京から移住してきたのは、自由に音が出せる環境を求めてのことだったそうです。
新型コロナウイルス感染症の影響を受け、佐藤さんの活動もさまざまなかたちで影響を受けました。県内では、北アルプス国際芸術祭でのワークショップ、クラフトフェアまつもとやALPS BOOK CAMPでの演奏、県外では三陸国際芸術祭~東北のコンサートツアー、海外ではチェコ共和国でのツアー、韓国のアートプロジェクトへの参加、これらがことごとくなくなってしまいました。そうした中でも、自宅で音楽制作が完結できる環境を整えていたことが不幸中の幸いだったようです。
- ダンスユニットAtachitachiの『PeepHole』に出演した佐藤さん
- ヴィオパーク劇場でのライブの様子
佐藤さん
「音をしっかり出せる環境を探してこちらに引っ越してきて、今回の事態の中においても、自宅で音楽をつくって発表する作業が継続してやれたのは幸いでした。でもこれだけ長い期間、人前で演奏していないのは初めてのことです。人前での、生のパフォーマンスには代えられないものがあることも痛感しました。僕にとってそれがいちばん重要な表現方法だからです。精神的にモヤっとしたものはすごくあります。早く、何かしら生の発表の機会を設定したいという思いが強いですね」
単にオンラインで音楽や映像を届けるのではなく、今の状況でもできる「生の実演」を。佐藤さんは、自粛期間に作戦を練り、同じく旧四賀村を拠点にする仲間たちと準備を進め、緊急事態宣言が解除されてほどない6月13、14日に「ドライブイン・ダンスシアター」を上演しました。会場となった旧四賀村の「四賀の里 錦織」に、観客は自家用車で集い、FM電波で車内に流れる音楽に合わせたダンスパフォーマンスを鑑賞しました。感染防止対策をとった上で、可能な限りの「ライブ」をいち早く行った佐藤さんの行動力と強い意思が胸に刺さります。
- 「ドライブイン・ダンスシアター」の様子
- 「ドライブイン・ダンスシアター」は自動車の中から鑑賞
コロナ禍で感じた未来への希望を「青」に込めて
共演できなかった仲間たちと映像製作
頑張るアーティスト応援事業への応募作品『青』は、三陸国際芸術祭でともに演奏する予定だったミュージシャン、6月に松本市内の劇場で予定されていた公演がなくなった関係者や、交流のあるダンサーたちと一緒に作品を創作する機会にしようと、佐藤さんから声をかけて製作したものです。主演のダンサー・きむらのりこさん、映像作家の中野智大さんはともに松本市を拠点としており、すでに1本の映像作品の創作を共同で行ったことがありました。
佐藤さん
「多くの皆さんがそうだと思うんですけど、STAY HOME期間中の身動きが取れない状況で、自分の内側に目を向ける時間がありました。タイトルの『青』には、長野県の初夏の風景の美しさ、コロナ禍で立ち返るべき初心、日々をともにする人たちから感じる純粋さ、この曲をつくった当時の自分の未熟さ、頑張るアーティスト応援事業の今後の社会に希望を与えるようなテーマなど、いろいろなイメージを重ねています。福島の原発事故のことも片隅にありました。本当に今の気持ちを大事に、今できることを今できるようにつくった作品です」
2013年に佐藤さん自身がつくった楽曲をベースにしながら、今回のコロナ禍を受けて、歌詞を新たに書き換えました。撮影場所は、佐藤さんの暮らす旧四賀村や明科の周辺をロケハンして決定、長野県外からの参加ミュージシャンやダンサーもまた住まいの周辺で撮った映像と組み合わせて仕上げたものです。こうしたつくり方も、佐藤さんにとって新しい挑戦となったようです。
- 『青』のためのロケハンの様子
- 『青』のためのロケハンの様子
佐藤さん
「音楽のクオリティだけを求めるなら、集まって演奏を試しながら編曲を練っていくのが絶対的にいいんです。でももちろんそれはできませんから、まずは僕が基本となる楽曲をお渡しし、ドラマーが演奏し、ベーシストがそのドラムの録音を聞いてベースのアレンジを考えて重ね、さらにその録音を聞いて僕と(ピアノの)権頭真由もピアノと弦のアレンジを考えて重ね……と、伝言ゲームのようなつくり方をしたんです。結果、完成した曲はこの方法だからこそ生まれた、なんとなく違和感のある、夢の中にいるような不思議なものになりました。プロセスを含めて面白かったし、やって良かったですね。作曲や編曲、ミックスという曲づくりの過程の中で、僕自身が今まで持っていなかったさまざまな視点を得られた気がします」
文化芸術を暮らしの一部に
生きる上で不可欠な感情のやりとり
イベント自粛にあたって、文化芸術が“不要不急なもの”として語られ、脇に追いやられるような空気があったことについて、佐藤さんの感想を尋ねてみました。
佐藤さん
「僕らにしてみれば、文化芸術は暮らしの一部であって、不要不急でないことは自明のことです。文化が自分から離れたもの、暮らしから分け隔てられた存在だとは思ってほしくないですね。
歌、踊り、絵画や工芸にせよ、文化芸術として見なされる前の段階があります。歌や踊りは労働に付随していたりもするし、宗教儀式や政治儀礼などにまつわる文化芸術も暮らしの一部として行われていましたからね」
佐藤さんは、地域の暮らしの中に古くから息づいてきた田植え唄や雨乞い歌、民謡などをリサーチする活動も音楽家としてのライフワークとして行っています。昨年は三陸国際芸術祭のアーティスト・イン・レジデンスプログラムに参加し、東北でのコンサートツアーではそうしたリサーチから生まれた楽曲を披露する予定でした。
佐藤さん
「音楽家を名乗っている人の音楽、画家と呼ばれている人の絵、というふうに、私たちはどこか作者の名前で芸術作品を日常生活から分けて見てしまうところがありますが、そんなふうに分けなくていいんじゃないかと僕は考えています。非日常的な体験として“作品と出会う”こともありますが、でもそれさえも日常を生きる上で不可欠な感情のやりとりなのではないかと」
佐藤さんの自宅では先日、この11月~12月に上演するダンス作品『星の王子さま -サン=テグジュペリからの手紙-』の音楽の制作作業も行われました。この公演は神奈川芸術劇場の制作で幕を開けた後、国内3カ所で巡演される予定です。そのルートには、まつもと市民芸術館も組み込まれています。たくさんの観客の前で、生の演奏を披露する佐藤さんの勇姿をぜひ松本で見られたらと、心から願います。
撮影:古厩志帆
※撮影の際、時間を限定してマスクを外していただきました。
ましゅ&Keiさん、佐藤公哉さんからお聞きしたように、県内の代表的な文化イベント、フェスティバルが中止や延期となり、それらを活動の場としているアーティストにも大きな影響が出ています。
そうした中で、普段はリアルな空間で客席の呼吸を感じながら演技や演奏をしている多くのアーティストたちが『頑張るアーティスト応援事業』をきっかけに、それぞれのアイデアや技術を駆使して創作活動に挑戦してくださいました。それらの経験はアーティストにとっては活動へのモチベーションを維持したり、今まで取り組んでいなかった手法への興味につながったようです。
皆さんには、ぜひ、特設サイト「ARTS CHANNEL」に掲載された数々の映像作品を楽しんでいただければと思います。そして県内を拠点に活動するたくさんのアーティストたちの存在、多彩な表現の魅力を知っていただければ幸いです。さらに、お気に入りのアーティストが見つかったら、彼らがリアルな空間での活動を再開した際にも足を運んでみてはいかがでしょう。コロナ禍ではアーティストから私たちがたくさんの元気や勇気をもらいましたが、今度は、私たちが客席からアーティストにエールを届けてみませんか。
「CULTURE.NAGANO」では次回も引き続き『頑張るアーティスト応援事業』に参加したアーティスト2組を紹介します。
取材・文:いまいこういち(サイトディレクター)
構成:野村政之
長野県では長野県文化振興基金を活用し、新型コロナウイルス感染症の影響により発表機会が喪失した、長野県ゆかりのアーティスト・団体の創作活動を支援しています。「ARTS CHANNEL」では、本事業を通して創作された作品を紹介しています。