新たに生まれ変わった長野県立美術館へようこそ!~“オープン”をキーワードにつづる、親しみやすい美術館の魅力~
2021年の春の訪れとともに、待望の長野県立美術館がオープンします。充実した企画展・コレクション展などのプログラムを軸に新たな歴史を刻み始めます。
長野県立美術館の建物は、建築家・宮崎浩さん設計による「ランドスケープ・ミュージアム」のコンセプトのもと、善光寺や健御名方富命彦神別(たけみなかたとみのみことひこかみわけ)神社、周囲を囲む山々など自然あふれる景観と調和することを目指してきました。その建物はもちろん、さまざまな視点から “つなぐ”機能や役割を設けることで、敷居が高いと思われがちな美術館をだれもが親しみやすい場所とする工夫がなされています。
“オープン”をキーワードに、長野県立美術館を取材しました。
まずは長野県立美術館を紹介します。前身の長野県信濃美術館は建築家・林昌二氏の設計による個性的な外観でおなじみでした。1966年に開館して以来、郷土にゆかりのある芸術家たちの作品と、美しい信州の自然を描いた風景画を中心に4600点ものコレクションを収蔵、公開してきました。しかしながら年月による建物の老朽化などもあり、2017年10月より休館し、2019年4月から新築工事が行われてきました。さらに「美術館の性格をわかりやすく示す」「国内外の皆様に対して広く来館を呼びかける」ため、名称も長野県立美術館に改めることになりました。
長野県立美術館では長野県信濃美術館のコレクションを引き継ぐとともに、新たに次のような収集方針を掲げています(平成30年11月1日策定「コレクション・ポリシー」より)。
1)長野県出身または長野県に関係の深い芸術家の優れた近現代美術作品(絵画、彫刻、水彩、素描、版画、工芸、デザイン、写真、映像など)
2)美しい山岳風景や精神文化に通じる作品、および「自然」や「自然と人間」をテーマとした優れた近現代の美術作品
3)日本および海外の近現代美術史上の重要作品
4)近現代美術史を理解する上で貴重な、散逸を防ぐべき作品群、および美術資料群
収蔵作品の公開、企画展の開催、作品の収集・研究はもちろんですが、さまざまな学習プログラムの提供、フリーゾーンを活用した多様な催し、また館外における交流活動も積極的に実施していきます。
住所/
長野市箱清水1-4-4(城山公園内・善光寺東隣)
お問合せ/
Tel.026-232-0052
開館時間/
美術館:開館9:00 閉館17:00(展示室入場は16:30まで)
屋上広場:原則として、夜間および休館日は閉鎖します
休館日/
毎週水曜日(祝日の場合は開館、翌日休館)・年末年始
観覧料/
コレクション展(本館・東山魁夷館共通):一般700(600)円/大学生・75歳以上500(400)円/高校生以下・18歳未満無料
企画展:観覧料は展覧会によって異なります
※本館コレクション展を開催していない日は一般500(400)円/大学生・75歳以上300(200)円
※()内は20名以上の団体割引及び各種割引
【オープン】その1
ランドスケープ・ミュージアムは、屋根のある公園
善光寺から桜の名所としても有名な健御名方富命彦神別神社のある高台に向かってなだらかに傾斜する地形に建つ長野県立美術館。延べ床面積はおよそ11,000平方メートルと、長野県信濃美術館本館の3倍以上にもなりましたが、空や山々が映り込むガラス張りの建物は威圧的ではなく、「ランドスケープ・ミュージアム」のコンセプト通り周辺の風景の中に溶け込んでいます。地上3階、地下1階の建物へは、善光寺側にあるバス停から1階のメインエントランスに、神社側(東側)の並木道からは屋上広場「風テラス」や3階の入口にと、ストレスなくアクセスできるようになっています。
設計を担当した宮崎浩さんは「なだらかな斜面ですが高低差は約10メートルあります。善光寺と東山魁夷館という二つの建物にどう向き合うかイメージしながら、その中にそっと新しい美術館を置こうというプランから設計はスタートしました。建物は外から見て風景との一体感があるだけではなく、館内にいるときに風景を感じていただけるという意味では公園に向かっても開いています」と語ります。
その言葉通り、2階の回廊にいると、まるで公園に立っているかのような開放感を覚えます。また大きなガラスがフレームとなって切り取る風景そのものが展示作品のよう。ある日は足元から山の頂きまで雪に包まれた真っ白な静寂を、またある日は芽吹きが始まる直前の充填された自然のエネルギーを風景を通して感じることができました。4月10日の美術館の開館の時期には、それを祝うように咲き誇る満開の桜に出会えるでしょう。建物を囲む風景は今までもそこにあったのに、美術館というフィルターが新鮮な発見をさせてくれているようでもあります。
長野県立美術館の建物の大きな特徴は、チケットがなくても公園のように“散歩”できるフリーゾーンが多く取り込まれていることです。
「美術館というと敷居が高いと思われがちですが、気軽に立ち寄ってもらえるように、公園から続くスペースとして、かなりのゾーンが無料で入れるようになっています。美術館に入るのは無料で、企画展・コレクション展を観るときに初めてチケットを購入していただければよいわけです」(宮崎さん)
- 美術館の内観
- 展示室2(2F)
- 展示室1(1F)
- 交流スペース
1階のメインエントランスを入ると映像作品を投影したりワークショップ、小規模な展示などが行える交流スペース、ミュージアムショップ、アートライブラリー、地下1階には講演会などが行えるホール、美術団体や自主グループなどの作品発表の場として貸し出しされる「しなのギャラリー」があります。
2階に設けられた企画展・コレクション展のための展示室はそれぞれが格段に広くなり、あらゆるジャンルの作品の展示に対応できるようになっています。その展示室を囲むように幅の広い回廊があります。また一足先にリニューアルオープンした東山魁夷館とは2階の連絡ブリッジでつながり、「水辺テラス」に展開される中谷芙二子《霧の彫刻》を楽しむことができます。自然環境との繊細なコラボレーションによって、その日、その時、幻想的な《霧の彫刻》はどんな表情を見せてくれるでしょうか。
善光寺の横顔を臨める広い屋上広場「風テラス」は休館日や夜間を除いて出入りができ、カフェで購入したドリンクをのんびり楽しんでいただけるだけでなく、いろいろな活用方法が考えられそうです。
「公園でお母さんとお子さんが遊んでいるときに、交流スペースの壁に映し出された映像が見えることで気軽に覗いてみようか、あるいは雨が降ってきたから雨宿りしよう、夏は暑いから涼んでいこう、といった使い方をしていただいても構いません。そうやって美術館と出会うことで、その次に、展覧会がなんだか面白そうだと鑑賞につながっていけばという思いを込めています」(宮崎さん)
- 善光寺側から見た全景
- 屋上広場「風テラス」
- エントランスから望む「水辺テラス」
- マルチファンクションウォールのある通路
長野県立美術館の松本透館長は「和風建築にたとえると、展示室がお座敷、展示室を囲む回廊やフリーゾーンが“縁側”です。“縁側”がたくさんあるから館内と館外を遮断せずにつないでくれている。まずは公園の地続きくらいの感覚で通り過ぎてください。もちろんフリーゾーンで過ごした後に、今度は展覧会をのぞいていただけることも期待しています。でも美術館の役割はそれだけではありません。いろんな年代の方々が気軽に集まってコミュニケーションできる、地域社会が子どもを育てる、そういう場になればと思っています。どなたにも美術館を開きたい、そして自然や歴史の恵みを建物を通して伝えたい。それが私たちの出発点だと考えています」と語ります。
周囲の景観の中にたたずむランドスケープ・ミュージアムは、公園とつながった、そのまま気軽に入っていかれる屋根のある公園のようでもあるのです。
【オープン】その2
さまざまな価値観を持つ多様な人びとを結びつける
「出会いと学びの場」としての美術館
長野県立美術館ではより多くの皆さんに開かれた施設を目指すにあたり、新たな取り組みにもチャレンジしています。その一つが、「アート・コミュニケータ」です。アート・コミュニケータとは何かを松本館長に伺うと「建物の”縁側”が館内と館外をつないでくれるように、学芸員とお客様をつなぐ役割となる存在」とのこと。ここでも”縁側”という言葉が出てきました。
これまでの美術館では友の会やボランティアとして一般の方がお手伝いをすることがありましたが、その役割は限定的でした。しかしここ数年、より積極的に関わり、美術館のスタッフとともに美術館をつくり上げていくアート・コミュニケータの存在が注目を集めています。
アート・コミュニケータの活動の一つに「対話型鑑賞」が挙げられるかもしれません。数分間じっくりとある絵を観察した後、鑑賞者同士が気づいたことを自由に語り合い、互いの意見を聞き合います。すると、そこにコミュニケーションが生まれ、だれもが違う視点や感覚を持っていることを体験できる場になります。学芸員から作家や作品についてレクチャーを受けるギャラリートークとは違った作品との出会いになるでしょう。
ほかにも来館者の案内はもちろん、創造とコミュニケーションの場となるワークショップ、さまざまな鑑賞サポートプログラム、美術館を活用するオリジナル企画などを開発・実現する役割が期待されています。そう、美術館を舞台に「人と人」「人と作品」「人と場所」をつなぎ、さまざまな価値観を持つ多様な人びとを結びつける「出会いと学びの場」を創出するのがアート・コミュニケータです。
現在、第1期として、書類・面接選考を経た会社員や学生、主婦や退職された方など30余名が、昨秋から基礎講座を受講するなどし、アート・コミュニケータとして皆さんをお迎えする準備を整えています。
アート・コミュニケータの基礎講座には「美術と手話プロジェクト」代表・西岡克浩氏による「美術と手話~さまざまなコミュニケーションの手法~」もありました。障がいのある方など、美術館に来館しにくい方へのサポートや企画の開催もアート・コミュニケータの役割です。
「私は以前、目の不自由な方から“美術館という空間にやってくるお客さんたちの空気感がわかるだけで本当に嬉しかった”とお話しいただいたことがあります。美術館には美術館特有の、劇場やコンサートホールなどとは違う空気が流れています。その空気は人の集まり方、交流の仕方によって違ってくる。つまり美術館は美術作品を見てもらう場所ではあるけれど、車椅子の方、目の不自由な方、耳の不自由な方、いろんなハンディキャップをお持ちの方々が来てくださり、そして健常の方と普通に出会い、交流できる場であることも重要です。ハンディキャップをお持ちの方がいらっしゃったときには、その方にふさわしい案内が必要になります。もちろん学芸員やスタッフもお手伝いしますが、その役割をアート・コミュニケータの皆さんにも担っていただけると嬉しいです」(松本館長)
長野県立美術館では、長野県信濃美術館時代の2015年度から『触れる彫刻展』を開催してきました。触れずに鑑賞するのがあたり前だと思われてきた美術鑑賞ですが、現代作家による木、鉄、漆、陶などいろいろな素材で制作された作品に触れることで新たに広がる作品の世界を楽しむという企画です。
美術館の設計段階から実施した「県民リレー・ワークショップ」などで直接県民の皆さんからいただいた要望の中には「彫刻作品は触れることでわかることがたくさんある。視覚障がい者が想像したり感動したりできる美術館にしてほしい」「重度の障がいがある子どもの車いす移動は体に負担がかかる。天井に絵が描かれていたり、何か投影されていると休憩しながら美術を楽しめる」といった声もありました。
そこで長野県立美術館では「新美術館 みんなのアートプロジェクト」として、ふるさと納税を利用したクラウドファンディングで募った寄付により、無料ゾーンに展示する触れる美術作品と、交流スペースの壁面に投影する映像作品をアーティストに委託制作しました。
- 金箱淳一
- 中ハシ克シゲ
- 西村陽平
- 光島貴之
- 撮影(アーティスト写真全て):守屋友樹
触れる美術作品は、障がいや年齢に関係なく共に音楽を楽しめる“共遊楽器”を研究する金箱淳一、視覚を遮断した状態で制作する手法によって触覚体験の可能性を探求する中ハシ克シゲ、人のさまざまな知覚に働きかける作品を制作している西村陽平、触覚による表現方法を模索する、自らも全盲の光島貴之がそれぞれ複数の作品を手がけています。
また交流スペースのL字型の大壁面に上映展示される映像作品は、飯綱町在住のアニメーション作家・榊原澄人、「研究から表現へ」を基盤に活動するクリエイティブグループ・ユーフラテスが手がけました。
「新美術館 みんなのアートプロジェクト」で生まれた作品は4月から8月の企画展でお披露目されるほか、触れる美術作品はその後もいくつかが2階フリーゾーン「アートラボ」に展示されるそうです。
【オープン】その3
美術館の余韻を楽しむレストラン、美術館との出会いを創出するレストラン
美術館で過ごす時間を彩り、より印象に残るものとしてくれる要素の一つに、レストランがあります。素晴らしい展示を観た後の余韻を、美味しい料理やドリンクとともに楽しんだ経験がある方は少なくないでしょう。公募型プロポーザルにより運営事業者として株式会社田園プラザ川場が選ばれ、2階レストラン「ミュゼ・レストラン善」、3階カフェ「しなのアート・カフェ」がオープンします。料理長は、フレンチの料理人として42年のキャリア、30件もの新店舗を立ち上げた実績を持つ小熊剛さんです。
「善光寺さんが眼前に見えるロケーションには鳥肌が立ちました。レストランの窓からもそうですが、屋上で見ると、さらに感動的です。その風景から想像されるレストランの営業は、実にやりがいのあるお仕事だと思っています」(小熊さん)
年明け早々に東京から引っ越し、長野地方卸売市場の近くに居を構え、しばらくは県内各地を駆け回って食材や器などを探したそうです。
「お野菜は種類も豊富で本当に美味しい。また県と民間が協力してブランド化している県産品が多いのにも驚きました。特にお肉が信州白樺若牛、信州SPF豚、信濃地鶏、信州新町のサフォーク種、ジビエと多岐にわたるのにはびっくりしました」(小熊さん)
取材に伺ったときも、県内出身のスタッフとともにメニュー開発をしており、調理場からは空腹を刺激する美味しそうな匂いが漂っていました。
「長野県の食材を使い、料理はフレンチをベースに、パスタをコースに取り入れています。和食の技術や調味料など洋食に転換できるものを駆使して、フランス料理ではありますが堅苦しくならないように、しかし洗練されたものにしようと思っています。忘れられた料理を新たなアレンジによって再登場させてみることにも興味があります。そして器には木曽漆器を取り入れていきます」(小熊さん)
レストランでは、昼は1000円代~3000円代の3種類、夜は4500円と7000円の2種類のコースと7、8種のスイーツを、カフェでは、ドリンクと軽食を味わうことができるそうです(価格は予定)。改めて小熊さんに美術館のレストランとしての想いを伺いました。
「美術館もレストランも皆さんが集まりやすい場所になったらいいなと思います。もちろんレストランやカフェだけの利用もできますが、レストランを入口に美術館の展示を観ていただくような出会いをつくることも僕らの仕事。8月後半のグランドオープンからは展示の内容に合わせてコラボレーションしたお料理、ドリンクの提供も考えています。いろんな切り口でメニューの開発もできそうです。長野県をPRし、皆さんに愛される、長野県で一番のレストランを目指したいと思います」(小熊さん)
素敵なレストランやカフェがきっかけとなって長野県立美術館と出会うお客様が増えれば、それはまた“縁側”の役割を担っていると言うことができるかもしれません。
長野県立美術館は4月10日(土)、『長野県立美術館完成記念 未来につなぐ~新美術館でよみがえる世界の至宝 東京藝術大学 スーパークローン文化財展』(展示室1・2・3)、『Something there is that doesn’t love a wall-榊原澄人×ユーフラテス』(交流スペース)、『ふれてみて』(コレクション展示室・アートラボ)、『美術館のある街・記憶・風景 日常記憶地図で見る50年』(オープンギャラリー)によって新たな歴史をスタートすることになります。
また、中谷芙二子《霧の彫刻》お披露目イベント、東山魁夷を愛する作家・原田マハ講演会(4月)、夜の美術館を楽しむ企画、 “長野を元気にする”ヘアショー「ナガノコレクション2021」(5月)、飯田・下伊那の市民20人がプロの脚本家・人形美術家とつくり上げた「いいだ人形フェスタ」発の人形劇『人魚姫』(6月)、坂城町出身の現代アーティスト・小松美羽によるライブペインティング、県内のワインやシードルを味わえる「ナガノワインテラス」(7月)など、8月28日(土)のグランドオープンに向けて、長野県立美術館のフリーゾーンを紹介するような多種多様な催しが予定されています。
美術館という施設は、静かに、息を潜めるように作品を鑑賞する場所というイメージがあるかもしれません。そうした良さも確かにありますが、そこに至るさまざまな”縁側”が用意されていることが、長野県立美術館の特徴であり、魅力です。
どなたにも開かれた美術館です。これまでにご紹介した“縁側”から続く新たな入口、気軽な入口、美味しい入口をきっかけに、長野県立美術館へと足を踏み入れていただけたら幸いです。
松本透館長が言いました。
「絵や彫刻を鑑賞し、人と出会って交流し、人から学ぶことによってもたらされる感動の総和が美術館。作家や来館者、つまり人が主役であり、その介添えをするのが学芸員なのです」
さまざまな人たちが足を運ぶことで長野県立美術館は本当の意味で完成し、そして、どんどん色濃い個性を培っていくのです。その意味で新しい美術館を育てるのは私たち自身でもあります。皆さん、新しい美術館をぜひ体験してみてください!
取材・文:いまいこういち(サイト・ディレクター)
撮影:清水隆史
長野県立美術館(旧長野県信濃美術館)
長野市箱清水1-4-4(城山公園内・善光寺東隣)