地域の日常に根差す、暮らしの中の文化~ローカル・メディアの視点~
地域の魅力ある文化芸術は、日常の暮らしに根差しています。住民の皆さんの自発的な営みや観光情報に載らない穴場など、たくさんの人が集うものでなくとも、思わず惹かれてしまうような魅力を持つ文化資源が地域にはさまざまあります。今回の特集では、地域の日常に近い目線でローカルな文化を取り上げているメディアと、これを運営している皆さんをご紹介します。
まずは皆さんの手がけられているメディアと、自己紹介からお伺いします。
北林
出身は飯田市で、現在は松川町でグラフィック・デザイナーをやっています。私の亡くなった父が飯田でライブなどを企画している人でした。その影響か、私も「伊那谷サラウンド」というライブイベントを企画して、地域のアーティストの皆さんと交流するうちに、『伊那谷回廊』というフリーペーパーと『伊那谷サラウンド』というウェブサイトを通して、自然豊かな伊那谷にゆかりのあるアーティストや、暮らしに根づく文化活動の魅力を紹介するようになりました。
山本
兵庫県出身で、今は長野県北部に住んでいます。“信州のスキマを好きで埋める”をコンセプトに、定番・人気の観光地ではなくいろいろな場所を紹介する『Skima信州』というウェブメディアを運営しています。
仕事のご依頼をいただく場合、どうしても人気のスポットや注目の人物の紹介になりがちですが、人がいない所にも歴史はありますし、地域を紹介することにもつながります。こうした思いでTwitterに「長野県の隙間な場所を紹介するメディアをつくってみたい」と書いたら、すごく反響がありました。私は歴史や民俗学が好きなので、石碑・石仏・道祖神、宿場・街道などが多いですが、書きたいことがあふれ続けています。
及川
「合同会社ヤツガタケシゴトニン」が運営するウェブサイト『諏訪旅』に、令和2年(2020年)8月から携わっています。社長が原村出身で、先に、八ヶ岳の観光情報などを発信している『ハチ旅』というサイトをつくりましたが、同じ諏訪郡でも八ヶ岳エリアと諏訪湖エリアでは住んでる方のアイデンティティも、訪れる方の目的も違います。『諏訪旅』は、諏訪を語るメディアをつくろうということで、令和2(2020)年5月に立ち上げました。
私は松本出身で、小学校のときに東京(渋谷)に引っ越したのですが、大学卒業後に茅野市に移住しました。諏訪は知れば知るほど深い歴史があり、想像していた以上に諏訪大社の信仰が地域に根づいていると感じました。仕事を通して諏訪のことに興味を持ち、ますます好きになっているところです。
いまい
『NAGANO ART+』の立ち上げは、平成26(2014)年でした。当時は、松本市のまつもと市民芸術館、茅野市の茅野市民館に続いて、上田市にサントミューゼが開館し、その2年後には、長野市に長野市芸術館が開館するなど、新しい文化施設ができる時期でした。長野県は美術館・博物館の数が日本一です。ホールとミュージアムを柱にして長野県の文化・芸術を盛り上げたいと思いました。また、県内には、文化芸術を専門に扱うウェブメディアがなかったのと、自分自身がこれまで演劇情報誌やホールの広報業務を行ってきた経験から、宣伝のお手伝いができればという思いもありました。
それぞれのメディアは独自の切り口がありますが、どのような観点から取り上げる内容を決めていますか。
北林
実際に現場を観て、主には私自身が本当に応援したい気持ちを持った方を取り上げています。『伊那谷回廊』で紹介するアーティストさんは、本業にしている方もいれば、農業などをやりながらという方もいて背景が多様です。例えば、地域での活動も大事にしながら、年の半分は海外で活動する和太鼓「TOKARA」というグループもあれば、松川町在住で、りんご農家を営みながらお笑い芸人をしている「松尾アトム派出所」さんという方もいます。彼は実家のりんご農家を継ぎながらも好きなお笑いの仕事も続けている。暮らしが充実しているからこそ、好きなことをやっていかれるという生き方もあると思います。「暮らしの中に文化芸術がある」「こんな生き方もあるんだよ」ということを、読者の方、特に若い方に知ってもらいたいです。
及川
『諏訪旅』はまだまだ手探りなので、取り上げるものについては、まだ強いこだわりはありません。依頼をいただいた所には伺いますし、人伝で紹介していただくこともあります。私は人の話を聞くのが好きだから、取材に行くとだいたい「面白いなあ」と思っています。いずれは何か軸を持つことも必要だと思いますが、今はもっと諏訪を知りたいですね。
最初、想定していた読者は、地元というよりは地元外の方向けに考えていました。しかし、コロナのこともあり、地元の人にとって発見があり、愛されるメディアになることが、結果的に外から見ても面白いのではないかと考え、記事を書く時には諏訪居住の方を意識しています。
山本さんは長野県内、ものすごくいろいろな場所をご存じですよね。どのように取材されているのですか?
山本
週の半分以上は県内のいろいろな所を見て回っています。市町村の教育委員会が発行するようなローカル本を購入して、先程お話しした観点に加え、絶景や滝、古墳、神社、お寺、洋館などいろいろチェックして、Google マップにピンを打って、端から順番に回っています。土地と文化ってすごく結びついているので、ほかの場所にはない、その地ならではのコンテンツを発見するとすごく嬉しくなります。
“信州のスキマを好きで埋める”の“好き”の主語は自分なので、原稿にする時はあくまで自分の目線で書こうと決めています。でもメディア戦略としては、ライトな層のための記事もつくっておいて、ニッチなものに誘導して「沼にハメる」方式になっています。旅をして消費行動に結びついてもらえれば良いと思っています。
お話をお聞きしていて、皆さんの活動は、それまで地域の中で目が向けられていないストーリーを見つけて、紹介することだと感じました。
山本
『Skima信州』を通して、「こういう視点の旅の仕方、めぐり方があるんだ」ということが伝わって、次に読者の方なりの視点を見つけてもらえれば嬉しいです。失われたものを探すより、目の前にあるのに認識されていないものを見つける方が難しいことだと思っています。ぜひ皆さんにも、いろいろな視点から、これまで気づかなかった新たな発見をしてほしいです。
及川
私は初め、文化芸術にはあまり興味がありませんでした。観光も定番のものや、自然が美しいもの、蓼科・八ヶ岳などのお洒落なスポットに目を向けていました。でも、諏訪の博物館や神社などの看板に書かれている解説もすごく面白いし、美しい景色も、その地域の民話を知ってから見ると感じ方が変わります。『諏訪旅』の仕事によってそういう気づきがたくさんありました。ぜひ読者の皆さんにも、そういう楽しみ方に出会っていただきたいです。
北林
幼いころ、収穫を終えた広大なきび畑で父とその仲間のお父さんたちが、ジャズ・フェスティバルを開催した時に、歌い手が格好良く歌う背後で伊那谷を含む山の向こうに美しい夕日が沈んでいった様子を強烈に覚えています。「伊那谷サラウンド」は、その豊かさを再現しようとしたイベントで、“伊那谷に音が反響している、サラウンドしてるよ”とアーティストの皆さんが言ってくれた。これが原点です。
文化芸術は暮らしを豊かにしてくれる要素ではあるけれど、長野県は自然とか、美味しいものとか、もっともっと五感をフル稼働させられる要素がある場所だと思います。『伊那谷回廊』では、「自然・暮らし・文化芸術」というキーワードで、そういう魅力をアーティストの紹介と一緒にお伝えできたらと思っています。
いまい
マスメディアはどうしても全国区、万人に届くように物事が紹介されます。でも、視点をズラして見つめると、発見があり、意外な楽しみ方ができますよね。また、地域にはその地域にしかない宝物がたくさんあります。小さなメディアが、このような宝を大事に発見していく役割を担っているのかもしれません。と言いつつ、私もだれに頼まれたわけでもなく、自分が好きだからやっていますけどね。
今回ご紹介した皆さんが、それぞれの中心に持っている「好きだから」という熱量が、地域の中で見過ごされがちな文化芸術の価値に光を当て、読者の皆さんにも発見をもたらしているのだと感じます。
このコロナ禍で、たくさんの人数で集まってイベントを楽しむことがなかなかできませんが、ローカルな暮らしの中から、地域のアーティストや文化芸術の魅力を見つけ、味わうことができたら良いなと思います。
引き続き、『CULTURE.NAGANO』でもこうした視点を取り入れながら、長野県の多様な地域文化の魅力を取り上げていきたいと思います。
インタビュアー:野村政之
構成・文:いまいこういち、野村政之
撮影:清水美由紀