2年ぶりの『セイジ・オザワ 松本フェスティバル』開幕迫る
※本特集記事は、令和3年8月17日時点での情報をもとに構成しています。
平成4(1992)年9月に第1回目が開催されてから、今年で30年目を迎えるクラシック音楽の祭典『セイジ・オザワ 松本フェスティバル』(OMF)。令和2(2020)年は新型コロナウイルス感染症の影響により中止となりましたが、今年は2年ぶりに開催されます。OMFが松本市には欠かせない夏の風物詩と改めて実感された方も多いのではないでしょうか。今年のOMFでは、未来を見据えた新たな体制によってプログラムが決定されました。そして、昨年7月に大規模改修を終えてリニューアルした、フェスティバルと“同い年”のメイン会場「キッセイ文化ホール」(長野県松本文化会館)での初開催でもあります。今年のプログラムの見どころを紹介します。
8月になると松本市内では、盛夏の風にのって、鮮やかなブルーのフラッグがはためき始めます。これは、指揮者・小澤征爾(おざわせいじ)さんが総監督を務める『セイジ・オザワ 松本フェスティバル』(OMF)の開幕が間近であることを告げる風景です。このクラシックの祭典の主役が、サイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)。桐朋学園創設者の一人、故・齋藤秀雄教授の教育理念を継承し、小澤総監督による世界最高水準の音楽活動と、若手演奏家への教育という理念に基づき結成されました。SKOは、普段は活動拠点を異にしている素晴らしい演奏家たちが、OMFのために、国内外から松本市に集結するのが大きな特徴です。
今年は8月28日(土)から9月5日(日)まで開催されるOMF。小澤総監督は次のようにコメントしています。
「何よりも大事にしてきたサイトウ・キネン・オーケストラが、松本をホームグラウンドにフェスティバルを続けて今年で30年になります。この先も、ずっとその特別さを持ったまま続いていってほしいと、いつも心から願っています。これからはオーケストラが中心になってフェスティバルを引っ張っていってほしいと思い、新しい体制をつくリました。SKOメンバーの中からアドバイザリー委員を指名して、プログラムのことからオーケストラの先のことまで、みんなと相談しながら決めています。このフェスティバルは、サイトウ・キネン・オーケストラが主役です。今年のフェスティバルは、そうやってオーケストラと相談して決めたプログラムです」(リーフレットより抜粋)
令和3年2月、小澤総監督が名誉理事長を務める一般財団法人サイトウ・キネン・オーケストラ財団が設立されました。オーケストラのコンサートマスターを務めてきたヴァイオリニストの豊嶋泰嗣(とよしまやすし)さんや矢部達哉(やべたつや)さんら13人がSKOアドバイザリー委員に就任。その皆さんと指揮者や小澤総監督で決定した今年のプログラムは、OMFに何度も足を運んでいるお客様にとっても新鮮味を感じることができるかもしれません。
今までのSKOとは違う表情が楽しめるオーケストラ コンサート
SKOに参加する演奏家の方々は、“OMFは、それぞれが拠点とする現場でどれだけ腕を磨いてきたかが問われる場”だと口にします。緊張感あふれるリハーサルを終え、年に一度の邂逅(かいこう)を楽しむように持てる力をぶつけ合う本番の演奏は、唯一無二のオーケストラという評価を体現するものです。今年のオーケストラ コンサートは、『Aプログラム』を鈴木雅明(すずきまさあき)さん、『Bプログラム』をスイス出身のシャルル・デュトワさんが指揮します。ともにOMF初参加です。
今年のプログラムの主な見どころをOMF広報担当の関歩美(せきあゆみ)さんに伺いました。
関さん
「オーケストラ コンサートはフェスティバルの柱ですから、常に聞き応えのあるものを目指しています。指揮者のお二人は、それぞれまったく違うカラーの持ち主。SKOの対照的な演奏を楽しんでいただけると思います。また、どちらのプログラムも耳馴染みのある音楽ばかりですので、これからクラシックに触れられる方でも楽しんでいただけると思います」
関さん
「鈴木さんはバッハ演奏の第一人者。SKOのメンバーから“鈴木さんは素晴らしい”という強い推薦があって指揮をお願いすることになりました。すでにSKOからの信頼が厚いのです。鈴木さんご自身は古楽(中世・ルネサンスからバロックまで)を専門にされてきた方ですが、“「フル編成モダンオケだから」とか、「古楽だから」とか区別しないでほしい”とおっしゃっています。それでも、この分野の知識では右に出る者がいない方ですから、モーツァルトやシベリウス、メンデルスゾーンをどのように解釈し、ご自身の音楽として表現されるのか楽しみです」
関さん
「デュトワさんは“音の魔術師”と言われ、世界的な名声を誇る方です。年齢は小澤総監督の一つ下で、小澤総監督がボストン交響楽団の音楽監督だった時に何度も客演指揮をされています。遡(さかのぼ)ればシャルル・ミュンシュ氏に師事しているという共通点もあり、親交も長いので、デュトワさんご自身も小澤総監督がどうやってオーケストラのハーモニーを構築するのかをよくご存知ですし、“SKOの音は小澤さんそのものだ”と語っています。今回は、デュトワさんが得意とするラヴェル、ドビュッシー、ストラヴィンスキーというプログラムを用意してくださいました。デュトワさん曰く“フランスの楽曲は日本のオケとすごく相性がいいんだ。僕が何か手をつける必要はないよ”と、こちらもすでに信頼関係ができ上がっています」
なお、シャルル・デュトワさん指揮によるオーケストラ コンサート『Bプログラム』は、9月3日(金)18時30分から、松本城公園、上土劇場、松本駅お城口広場、大町市文化会館、ホクト文化ホール、県外各都市で『スクリーンコンサート』にて同時中継されます。
演奏家の息づかいまで楽しめる『ふれあいコンサート』
「松本市音楽文化ホール」で行われる『ふれあいコンサート』は、少人数の演奏家たちの会話のような演奏を堪能できる室内楽の企画です。音の素晴らしさはもちろん、客席とステージが近いため、奏者の息づかいや指先の微妙な動きまで含めてその魅力を楽しんでください。
関さん
「『ふれあいコンサートII』は、SKOでも熟練の域に達するメンバーが集結します。OMFならではの顔合わせにより、フェスティバルの歴史まで感じられる演奏を楽しんでいただけると思います」
大規模改修によりリニューアルした「キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)」で初開催されるOMF
OMFのメイン会場として、歴史をともに歩んできた「キッセイ文化ホール」。地震発生時における天井落下防止対策などを行うため、大ホールを中心とした大規模改修工事が、令和元(2019)年9月から令和2(2020)年7月までの10カ月にわたって実施されました。大ホールの客席が新しくなり、その4階までのエレベーターも新設され、利便性が高まりました。就任3年目となる金井貞徳(かないさだのり)館長にお話を伺ったのは7月19日。29年目の開館記念日の翌日でした。
OMFが初開催された平成4(1992)年当時、松商学園高等学校の教員として放送部顧問を務めていた金井館長は、ヨーロッパで大評判となったSKOが松本市で音楽祭を始めると聞き、生徒と一緒に、建築を終えたばかりの「キッセイ文化ホール」付近を取材して歩いていたそうです。
金井館長
「何かすごいことが始まりそうだと驚き、感動したのを覚えています。それで放送部の生徒たちと取材していたら、たまたま小澤総監督と出会い、お声がけしたら生徒にお話をしてくださった。こういう分け隔てない気さくなお人柄がフェスティバル全体のカラーになって、地域に受け入れられたのがOMF。“世界レベルの演奏をしている演奏家たちをボランティアとして支えてきたことを誇りに思っている”と、ホールにお越しになって話してくださる方もいます。このホールの開館と同時にOMFが始まったわけですが、ともに歩んでこられたことはホールの誇りです。OMFの演奏家の方々、ご来場いただく皆様に喜ばれる会場でなければいけないと気持ちが引き締まります」
クラシック・ファンでもある金井館長ですから、館長として初めてOMFを迎えた時も緊張されたそうです。そして館のリニューアル後、初開催となる今年も格別な思いを抱いているとのこと。
金井館長
「工事の前、施工業者が集まった会議で“ここで演奏されたSKOの音をたくさんのお客様が大事にしています。その音が以前と変わらず、いやもっと良くなるような工事をお願いしたい”とあいさつしました。音に関してはものすごく気を遣います。音響専門業者のチェックも受けました。また、私自身も満員になった演奏会を観客として聴きましたが、とても良い音響でした。OMFでも、満員のお客様の中で熱烈な演奏が行われて、皆様に“いい音だったね”と満足いただけることを願っています」
一般財団法人サイトウ・キネン・オーケストラ財団の設立、リニューアルした「キッセイ文化ホール」での初開催と、今年のOMFは “未来”へ向けた新たな一歩を踏み出す、そう言っても過言ではないフェスティバルになりそうです。
『2021セイジ・オザワ 松本フェスティバル』は全公演開催中止となりました(8月24日)。
詳細や、有料公演のチケット払戻等の情報については公式サイトにてご確認ください。
※『セイジ・オザワ 松本フェスティバル』(OMF)は平成4(1992)年から平成26(2014)年まで『サイトウ・キネン・フェスティバル松本』という名称で実施されてきました。ここでは、全てOMFの表記に統一しています。
取材・文:いまいこういち
写真提供:セイジ・オザワ 松本フェスティバル実行委員会事務局
トップ画像:OMFオーケストラ コンサート(令和元年度)より ©大窪道治