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身体表現の触れ合いを通して子どもの成長に寄り添う~おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』~

身体表現の触れ合いを通して子どもの成長に寄り添う~おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』~

長野県では今年度、文化芸術の創造性を活かし、活動の持続的な発展や地域の課題への対処につながるような取組を支援する事業を行っています(*)。県内各地域で実施される12件の取組を採択し、資金的支援と併せて専門スタッフによる相談対応や助言などを行い、活動の継続や波及効果の拡大を図っています。今回は、この支援事業に採択された取組の中から、コンテンポラリーダンスの考え方を活用し、親子を対象に身体を使った表現・遊びのワークショップを行っているグループ「おやこのカラダ」(松本市)の『おやこで一緒にびよよんビヨンド~からだで遊んで、おどりを創ろう~』を紹介します。

*令和3年度長野県文化芸術活動推進支援事業補助金

おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』『おやこで一緒に びよよん ビヨンド』の参加者たち

始まりは保育とダンスを組み合わせたら子育てが楽しくなるという経験

松本市在住の分藤香(ぶんどう かおり)さん、矢萩美里(やはぎ みさと)さんによる「おやこのカラダ」は、市内の公民館で月1回、日曜日の午前中に、親子が一緒に身体表現を楽しむ『にちようカラダのワークショップ』(以下、『にちカラ』)を定期的に開催しています。

おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』分藤香さん

「おやこのカラダ」が始まったのは、分藤さんの気づきからでした。学生時代からダンスに親しんでいた分藤さんは、保育士として働く中で、相手と身体を接触させ、体重を預けたり相手の動きを感じながら即興的かつ連続的に動く「コンタクト・インプロヴィゼーション」というダンスの手法が、保育や子育ての助けになるのではないかと考えました。

分藤さん
「身体が触れ合うこと、即興で動くことは子育てそのもの。子どもが急にドンと飛びついてきてもふんわり受け止める方法を知っておけば、子育てが楽しくなるし、楽になる、という思いがあったんです。身体や気持ちが準備できていることは、おかあさんにも子どもにもいいことだから」

そうして11年前に「おやこのカラダ」と題したワークショップを開始します。回を重ねるうちに参加者も増えましたが、同時に一層ダンスの技術が必要なことを感じ、経験のあるダンサーに手伝ってほしいと思っていました。そこへ参加者として、アメリカのダンスカンパニーでの活動経験がある矢萩さんがやってきました。

おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』矢萩美里さん

矢萩さん
「分藤さんのワークショップに、身体遊びを通してほかのおかあさんたちと子育ての一部を共有できているという魅力を感じました。そして子どもを枠にはめ込まないこと、おかあさんたちも心地良くいられる場だったことに安心感と共感を抱きました。そのことに可能性を感じて一緒に活動したいと思ったんです」

2人はNPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワークの「日本版・コミュニティダンス・ファシリテーター養成スクール」に参加。コミュニティダンスは、“ダンス経験の有無、年齢、国籍、性別、障がいの有無に関わらず、誰もがダンスを創り、踊ることができる”という理念のもと、ダンスによって引き出される想像力、創造力、コミュニケーション力などを地域社会の中で活かす取組です。

《子育てとコンテンポラリーダンスを組み合わせ、子どもと親がコミュニケーションを深めながら、一緒にダンスをつくり上げていく》
《踊る人(親子)の自由な発想でダンスを創作し、一緒に楽しむことを通じて子どもの感性を育み、親子の向き合い方をより良いものとしていく》

「おやこのカラダ」では、こうした点を重視しながら、毎月開催の『にちカラ』を4年間継続してきました。

二瓶野枝(にへい のえ)さんは、東京でダンサーとして活動しながら、大学や専門学校で、将来幼児教育や保育の仕事に関わる学生に、ダンスや身体表現を教える仕事をしてきました。『にちカラ』には参加者として、またゲスト・アーティストとして関わり、今回の『おやこで一緒にびよよんビヨンド~からだで遊んで、おどりを創ろう~』(以下、『びよよん』)では、分藤さん、矢萩さんと共同作業を行うことになりました。

おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』二瓶野枝さん

二瓶さん
「『にちカラ』は、子どもが伸び伸びできるだけでなく、親にも“あなた自身で居てください”というメッセージをくれるんです。これを両立するのは簡単なことではないので、なぜこんなに心地良い空間ができるんだろうと、その秘密を知りたいと思っていました」

分藤さん、矢萩さん、二瓶さんの3人の共通点は、知り合いのいない松本の街で、子育てをすることになったことです。分藤さんは13年前、矢萩さんは8年前、二瓶さんは4年前に、パートナーの仕事の関係で松本市に移住してきました。松本での日常の暮らしの中にはコンテンポラリーダンスに触れる場が少なかったため、それぞれが経験を活かしてワークショップや公演などの場を開き、互いに協力し合う仲間、あるいは共演者として、ダンス・身体表現と子育てについて志や想いを分かち合っていったのです。

おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』3人は頻繁に打ち合わせを繰り返していた

創作から発表までをやり遂げて満足感を体験してほしかった

『にちカラ』は1回ごとに完結する内容で行っていましたが、かねてから、連続でワークショップを行って、作品創作と発表公演を行うというアイデアがありました。

矢萩さん
「以前から継続した上で何かをつくるということは考えていました。1回で完結するスタイルは参加しやすいメリットはあるけれど、舞台表現、ダンスをやり遂げたという感覚にはなれません。その満足感を参加者に体験してほしかったんです」

分藤さん
「同じメンバーでワークショップを重ねていくことで見えてくる関わりの変化、成長にも興味がありました。またいろいろな親子がいて、いろいろな振る舞いの子どもがいる。皆さん普段の生活の中でほかの親子に接することはあまりないと思うんです。こんな関わり方もあるんだというサンプルを見られる、それも私たちの取組の意義の一つかなと思います」

昨年の夏、長野県が地域の文化芸術活動に対して支援事業を行うことを知り、これをきっかけに、ダンスの楽しさを伝え、より広く親子の参加を得て持続的な活動につなげていくことを目標に『びよよん』の事業計画を立案。支援事業の相談会に参加しました。申請書類の作成は慣れない作業でしたが、専門スタッフのサポートや周囲の協力で何とか仕上げ、審査の結果、採択を受けることができました。

おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』

『びよよん』は、去る11月の週末、松本市内のレストラン「マンマ・ミーア!」を会場に行われました。11家族、大人11人、3~7歳の子ども17人が集まりました。
5回のワークショップの主な内容を紹介します。

1日目/11月7日(日)

・参加者、ファシリテーター、アーティストの紹介
・“びよよんさん”のお話と、びよよんの動きをデモンストレーション
・長さの違うゴム、輪っか状のゴムでのワーク(子ども)、ストレッチ(大人) など

  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』ネームカードが付いた風船をリレー形式で手渡しながら自己紹介
  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』大きな輪にしたゴムひもを使ったワーク

「この家には“びよよんさん”がいて、静かに暮らしています。でも“びよよんさん”は寝過ぎて、かちこちさんになってしまったの。11月末にはびよよん祭りがあるのに、このままでは大変。だからみんなで、”びよよんさん”にびよよんの動きを教えてあげよう」
子どもたちは物語を聞き、目には見えない“びよよんさん”の世界に入り込んだようです。矢萩さん、二瓶さんが見せたびよよんの動きを真似し、ゲスト・ミュージシャンの3日満月さんが口琴という楽器を「ビヨヨヨ~ン」と鳴らしたことで、“びよよんさん”はたちまちリアルな存在になりました。

2日目/11月14日(日)

・音楽に合わせていろいろな歩き方をして、音楽が止んだら動きをストップするワーク
・2階から暖簾のように吊るしたゴムを使ったワーク
・親子がペアになり、見えない糸で操ったり操られたりするワーク
・お祭りに関する言葉を参加者からもらい、即興でのテーマソングづくり など

  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』音楽に合わせていろんな歩き方をした
  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』2階から暖簾(のれん)のように垂らしたゴムを使ったワークに子どもたちも大はしゃぎ

3日満月のお二人がテーマソングの作曲に当たり、子どもたちから「びよよん祭り」でやりたいこと(トランポリン、ジャンプ、金魚すくい、盆踊り)、食べたい物(ラーメン、わたあめ、アイス、お餅)などを聞き取って、出てきた言葉をゆかいな曲にまとめていくと、子どもも大人も演奏に合わせて自然に身体を揺すったり、踊ったり楽しそうにしていました。

おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』子どもたちから出てくる言葉を歌詞にテーマ曲をつくっていく3日満月

3日目/11月21日(日)

・2チームに分かれ、楽器の音を聞いて動くワーク
・長いゴム、小さい輪っか状のゴム、暖簾状(のれんじょう)のゴムを使ったワーク
・布をコラージュして不思議な表情の人形を創作する高倉美保(たかくら みほ)さんが準備したキットを使って帽子やワッペンなどを創作 など

おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』高倉美保さんのアドバイスを受けながら衣裳制作

前週までの2回のワークショップでやり切れなかった動きを試した後、後半は本番で身につける衣裳づくりをしました。準備されたたくさんの布の中から何色を使うか、目鼻口をどのような配置にするか、親子で相談しながら進めていきます。翌週が発表とあって夜遅くまで作業した方も多かったようですが、皆さん創作意欲を刺激されたようで、個性に富んだ力作がそろいました。

4日目/11月27日(土)

・本番に行う動きを順番に合わせて確認
・衣裳の調整
・流れの通し稽古を2回行ってから振り返り

ワーク終了後、二瓶さんが「“びよよんさん”の動きをただ順番になぞるのではなく、ストーリーを思い出して動きましょう」「身体を思い切り大きく使いましょう」と本番に向けてのアドバイスをしました。分藤さんからは「親子が分かれるシーンで子どもが付いてきてしまっても、臨機応変に対応して楽しんでください」という話がありました。

5日目/11月28日(日)

・観客を対象にしたマラカスづくり、身体を動かすミニワークショップの実施
・公開パフォーマンス
・飲食、野菜、雑貨のマルシェを開催

  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』観客によるミニワークショップの様子
  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』マルシェの準備をする分藤さん
  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』公開パフォーマンスの様子
  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』公開パフォーマンスの様子
  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』公開パフォーマンスの様子
  • おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』公開パフォーマンスの様子

本当に「びよよん祭り」だと思ってくれたかもしれない

公開パフォーマンス「びよよん祭り」の上演は子どもから年配の方まで幅広い観客が見守る中で披露されました。レストランの軒先に小さなマルシェが開き、色とりどりの衣裳を着た親子の楽しげな声が響いていたこともあって、通りがかりに覗きこむ人の姿も見受けられました。

パフォーマンスの内容は、子どもたちの中から生まれてきた動きを多く取り入れて構成されました。親御さんや同じ年ごろの仲間とともに1カ月の共同作業を体験した子どもたちの姿はハツラツとして、見る者を温かな気持ちにさせるものでした。

分藤さん
「私たち自身も学びながらの5日間でした。全体の雰囲気づくりはとてもうまくいったと思います。本番のパフォーマンスでは、ワークショップ以上に生き生きとした子どもたちの笑顔、元気な姿が見られました」

矢萩さん
「大人が夢中になって、それに引っ張られるように子どもたちがありのままの姿を見せてくれました。子どもたちには発表するということを意識させないようにしてきましたが、本当にお祭りだと思ってくれたかもしれません。最後まで楽しさを共有できてよかったです」

二瓶さん
「子どもたちの集中力がすごかった。そして大人だけのシーンでは、子どもたちが応援している目をしていましたね。私たちも作品をつくる、発表する醍醐味を感じられ、ここに向かうことができてよかったと思います」

ワークショップを拝見していて感心したのは、ファシリテーターの役割を担った3人の子どもたちへの接し方です。自分たち自身も日常で子育てをしている彼女たちのチームワークと、『にちカラ』を続けてきた経験が感じられました。

分藤さん
「担当は得意分野を担う感じで、緩やかに決めました。一緒にやりたいけど、なんらかの事情で輪に入れない子どもは、その場を離れようとします。この時、無理に引っ張り込むのではなく、私たちがその子の側に行ってあげれば、周りの環境や大人の動きを変えて接してあげればいいんです。参加者の皆さんにも、これを日常の参考にしてもらえればと思っていました」

矢萩さん
「親は子どもに一生懸命やって楽しんでほしいと考えるものですが、私たちは瞬間瞬間で距離感を見極めることを心がけています。会場ではおかあさんと離れられない子どもでも、家で踊ってくれたりしているんですよね。表現は安心感の土台の上に出てくるもの。その場その瞬間がうまくいくことだけが成功ではないと感じています」

参加した親御さんからも「積極的に参加して踊っている姿に感動しました」「発表が苦手で、逃げ出しちゃうかなと構えていたのですが最後まで意欲的に参加していて驚きました」など、新たな目線で子どもを見つめた感想がありました。また、一緒にパフォーマンスに参加したことで、普段とは違う新たな子どもとの関わりを通して気づきがあった、という感想も多く寄せられました。「おやこのカラダ」の皆さんが今回の取組で目指したことがしっかりと伝わったと言えそうです。

この機会は未来を考えるきっかけに

『おやこで一緒にびよよんビヨンド』を通して、これからどんな展望を抱いているか、3人の皆さんそれぞれに聞きました。

分藤さん
「普段の生活があって家族旅行やお祭りのような非日常がある。そういう時にこそ親子の新たな関わり、子どもの新たな面を見つけられたりするものです。ワークショップもその機会の一つ。準備など大変なこともありますが、反省を活かして発展させていきたいです」

矢萩さん
「『にちカラ』は普通の習い事とは違って、幼児期に立ち寄る場所、育ちを見守る場所だと思っています。今回の支援事業を通して『にちカラ』の活動の価値を見出してもらい、言語化する機会をいただいたことは活動の未来を考えるのにすごく大きな機会でした」

二瓶さん
「子どもだけでなく、大人、親御さんのエネルギーのすごさも感じました。身体を動かすことに慣れれば、さらに力を出すことができると思います。そして大人の皆さんにも身体を動かしたい、表現したいというニーズはあるんですよね。近いうちにこの活動から得た様々なインスピレーションをもとに作品をつくりたいと構想しています」

このほかにも、コンテンポラリーダンスや親子の身体遊びのワークショップなどについて主催者と参加者がつながれるような一元的な情報窓口や、多様な分野のアーティストが交流し新たなアイデアを試せるような空間があればよいのではないか、など、今後の活動環境づくりに向けた様々なアイデアが話に上りました。

おやこのカラダ『おやこで一緒にびよよんビヨンド』左から二瓶野枝さん、矢萩美里さん、分藤香さん

日々の子育ての中で生じる課題を、ダンスの技術で緩めたり、楽しい関わりに転換したりしながら、地域に親子同士の交流の場が生み出されていく。この取組は、「おやこのカラダ」の皆さんが、「親でもあり、ダンサーでもある」という両面をどちらも大事にして、生活に根づかせて育んできた文化芸術活動だと感じます。子ども自身がもつ発想や、偶然や即興で生まれる面白さを表現として取り入れていくワークショップの在り方も、コンテンポラリーダンスならではのユニークさがあり魅力的です。
長野県は「長野県文化芸術振興計画」に基づき、専門的人材が地域の文化芸術活動に関する相談、助成、人材育成などの支援を行う「アーツカウンシル」の体制づくりを進めています。誰もが暮らしやすい、人を惹きつける魅力ある地域へと長野県が発展していくように、県民主体・地域主体で行われる文化芸術活動が、全県、各地域で花開いていくことを願いたいと思います。

取材・文:いまいこういち・野村政之
インタビュー撮影:古厩志帆
記録撮影:矢萩篤史
撮影協力:マンマ・ミーア!

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