長野県芸術監督団事業クロージングシンポジウム【後編】文化芸術のバトンを、次の走者へ
前回のセッションIの振り返りに続いて、セッションIIでは、4分野の臨場感あふれる活動の報告を踏まえ、阿部知事や芸術監督の皆さんとともに、これからの進むべき未来の形について語り合いました。
セッションII「躍進、バトンを次の走者へ」
阿部守一[長野県知事]
近藤誠一[一般財団法人長野県文化振興事業団理事長]
串田和美[長野県芸術監督/演劇]
小林研一郎[長野県芸術監督/音楽]
石川利江(いしかわ りえ)[シンビズム運営アドバイザー/美術]
荒井洋文(あらい ひろふみ)[一般社団法人シアター&アーツうえだ、犀の角代表]
野村政之(のむら まさし)[長野県文化振興コーディネーター]
■進行
津村卓[長野県芸術監督/プロデュース]
セッションIIの冒頭、セッションI「振り返り」を受けて、阿部知事と近藤理事長が、監督団事業に携わってこられた皆さんに対して感謝の言葉を述べました。
阿部知事
近藤理事長には長野県文化振興事業団と長野県の文化振興の統括を、また芸術監督の皆さんには各専門分野を担当いただき、本県の文化振興をどうすべきか、ほぼ白紙状態でお願いをして、今日まで、県内各地で様々な事業に取り組んでいただきました。畑の地ならしや種まきのようなことをしていただきました。心から感謝申し上げます。
近藤理事長
長野県芸術監督団の方々、それを支えてくれた職員の皆さま、「文化芸術の力で信州を元気に」とイニシアチブを取られました阿部知事に心からお礼申し上げます。役所と文化芸術は噛み合わない、いつもかき混ぜていないと分裂してしまう。分裂すると潜在力が発揮できない。それをまざまざと感じましたが、今は水と油がかなり混ざってきた。小さな奇跡がそれぞれの分野で起こっている、それは芸術監督の皆さんの情熱と哲学、お人柄があってこそであり、それを継続しなければならない。それは今一番思っているところです。
芸術監督団事業の成果は小さな奇跡の積み重ね
続いて串田監督、小林監督、故・本江監督とともに美術分野のシンビズム運営アドバイザーとして当初から携わっていた石川利江さんが、セッションIへの感想を語りました。
串田監督
セッションIを聴いていて「こんなことをやっていたんだ、自分がやっていたことは案外みえないんだな」という思いがありました。僕は演劇が舞台の上だけで行われるものではなく、日常、思い出、未来にあること全部を演劇と言ってほしいという思いがある。ブルーベリー農場に劇場を作ったという話が出たときに、そうなんだよ、劇場を作ればいいんだよ、劇場というのは物理的なものではないと思い、音楽も、美術も、こうやって集まることすべてが演劇なんだと思いました。
小林監督
近藤理事長に「長野のためにひと役買ってもらえない?」といわれ、僕がここにいる意味は何だろうと考えて、学校を回ろう、知的障がいのある方や、全盲の方も一緒にやってみようと思ったのです。皆さん、最初は食いついてきませんでしたが、徐々に膨らみ、皆さまの愛情をひしひしと感じるようになりました。実りはじめた頃に、終了のお達しがきてしまいましたが、それに挫けずこれからも長野に来て、より一層音楽の深みを伝えようと思いました。
石川シンビズム運営アドバイザー
本江監督は事業のはじめに「長野県には美術館が非常に多いけれど、ひとりだけの学芸員、孤立しがちな美術館が多い。そういう学芸員たちが手をつないで踊っているような絵をイメージした」と比喩的におっしゃいました。実際、学芸員が集まったからといってすぐに手を取れるかといったら、そんなことはないのですね。キャリアや年齢、所属も違うメンバーがシンビズムに取り組んだことは画期的な試みでした。現場ではぶつかり合いもあります。それを乗り越えて、若手の現代美術作家の展覧会を県内各地で実現しました。本江監督のいう手をつなぐような関係が少しずつできていったのではないでしょうか。
トランクシアター・プロジェクトでは各地の皆さんと対話を重ねるなどして事業を支え、NOAではホストとなり、若いスタッフを送り出した、上田市の小劇場「犀の角」代表の荒井洋文さんはこう語りました。
荒井代表
活動を通じて、県内にこれだけ文化的な活動をしている方や地域があるということが手に取るようにわかって、それぞれの地域がとても近く感じられるようになりました。相談できたり一緒にできたりするような関係になったのは、とても大きなことだと思います。一連のプロジェクトでは、本番だけではなく打ち合わせから一緒に行動したので、何かが生まれたり、創作を先に進めるために必要なプロセスに密着することもできました。それを若いスタッフや地域の人が目の当たりにすることで、何かを発見したり、小さな感動が得られたことは、すごく大きな成果のひとつだと思います。
文化芸術に対する継続的な支援の仕組みが必要
話題は「未来に向けたバトンをどう渡していくか」に移りました。芸術監督団事業を経たからこそ見えてきた課題を語り合いました。
荒井代表
よかれあしかれ、上の方から種がまかれて畑に落ちた。これから芽を出していくには、つまり地域の人たちから自発的に何かが生まれてくるようになるまでには、まだ、時間と場所が必要になると感じています。継続した支援と活動が必要で、今後の課題だと思っています。
石川シンビズム運営アドバイザー
確かに種がまかれました。文化芸術には無駄な種がありません。評価は人によって多様で、行政にとってその評価は難しいと思います。だからこそ普段は文化などに近寄りづらいと思っている人にも、気軽に関わってみようと思えることが、県内各地でいろいろ仕掛けられていく。まさにオーガニックな組織であってほしい。それから文化行政の現場に、女性や若い人たちをもっと起用していただいて、緩やかで多様なものが入りやすい組織にしていただくのも大事だと思います。
長野県文化振興コーディネーターとして、すべての事業でアーティストの皆さん、地域の皆さんに深く寄り添ってきた野村政之さんは、次のようにコメントしました。
野村長野県文化振興コーディネーター
私は県庁で、職員の方々と文化政策を考える際に、「実を買ってくるのではなく、木を育てるつもりでやらなければならないのではないか」と申し上げてきました。まかれた種から芽が出て木になり、実がなって、お裾分けできる状況になれば成功です。こうした長期のビジョンを持って取り組む最初のところを、芸術監督団の皆さんに重い石を動かしていただきました。これで終わりではなく、次は環境を整え、育てるフェーズになります。県内には力のある担い手がたくさんいます。人の力を後押しして、長野県がユニークな存在として国内外から注目され、人を惹きつける地域として発展していくような仕組みづくりに、これから取り組んでいかなければならないと思っています。
また、串田監督からは、水と油と思われがちな行政とアートの関係についての提案がありました。
串田監督
行政の考え方とそうではない考え方となってしまうと、永遠に交わらない話になってしまう。アーティストだってご飯を食べていかなければいけないから、世の中から離れて生きているわけではない。かたや、劇場や展覧会に行かなくても、美しい風景を眺めているうちにすごいことがふっと浮かぶこともある。どちらが正しいというものではないし、そこに多数決では絶対に現れない大事なことがある。少数の感覚が物事をぐんと動かすことがあると、多くの人がどうやったらわかってくれるか。それは「互いに思い合うこと」ではないかと思うんです。
近藤理事長
冒頭で行政とアートはひっきりなしにかき混ぜていないと分裂してしまうと申し上げましたが、まさに大事なのは互いに共感力を持つことです。アーティストと行政官、立場も組織も論理も違うけれど、同じ人間であり、感動やコラボレーションが大事という点で共感し合うようになれば、行政における文化というものはもっと生きてくるし、アーティストももっと行政のことがわかってくる。そして地域の人びとを有機的にまとめて、将来につなげていく仕組みがあったらいいと思います。場合によって間口を広くすること、地域の人にきめ細かにアプローチをして文化芸術に目覚めさせることが大切です。それによって共感力が高まると、政治や経済の組織や論理によって分断されがちな人類をまとめることができる。敵と味方で分けてしまうのではない仕組みをつくることが、これからの事業にとって必要で、監督の情熱や地域の人びとの気持ちに応えるものになります。それこそが、阿部知事がおっしゃる「文化芸術の力でこの県を元気にする」ことに繋がっていく方法ではないかと思います。
芸術監督団事業の業績(レガシー)をアーツカウンシルへ
そして、阿部知事が、次なる文化振興に向けた新たな取組について言及しました。
阿部知事
日本の社会は、物の豊かさが一定程度達成された後、目標を見失ってしまった。しかし、物の豊かさと心の豊かさ、両方がセットになって初めて幸せを実感できる。そういった意味でも、文化芸術の力はこれからますます重要になってくるし、時代の要請でもあると思います。
「学び」と「自治」が、長野県の政策推進のエンジンであると様々な場面で話してきましたが、文化芸術にもあてはまります。今回の事業にも学びの要素がかなり入っており、常に学び続けることが文化芸術のために重要です。そして、究極的な自治の要素を持っているのが文化芸術だと思います。多数決でこれがよいと決めるものではなく、一人ひとりの心の中にあるものがアートで、マイノリティや多様性が尊重されるべきものだからです。一方、多様性という点においては行政としての限界が出てきます。
そこで、芸術監督団事業を発展させていくために、長野県にも「アーツカウンシル」を作っていきたいと考えています。多様な人たちが多様な活動を、互いに支援し合う仕組みをしっかりと考えていかなければなりません。行政との距離を一定程度置き、自由で緩やかで、開かれた組織や場をつくっていくことが、長野県芸術監督団の皆さんが畑を耕し、手間ひまかけて種まきをしてきていただいたことを発展させていくうえで重要だと思います。さまざまな方々に参加していただき、多様な視点で、長野県の文化芸術の将来について一緒に考えていきたいと思っています。
知事の言葉を受け、司会を務めた津村監督が「アーツカウンシルという新しい構想も含め、ご登壇の皆さまから非常に力強い言葉をいただきました。そして今、タイトルを変えました。クロージング&スターティング・シンポジウムという名前にしたいと思います。皆さんとともにスタートしていきたいと思います」と提案し、セッションIIは締めくくられました。
シンポジウムで多くの皆さんが口にした「種まき」という言葉は、まさに6年にわたる長野県芸術監督団事業を表しているのではないでしょうか。なぜなら各芸術監督やスタッフが準備段階から各地を訪ね、地域の皆さんとミーティングを重ね、地域の状況を踏まえた活動を行ってきたからです。それは地域で活動する皆さんにだけではなく、地域の魅力や活動する皆さんに出会うことができた芸術監督団や運営スタッフにも大きな刺激になりました。
そしてシンポジウムの終わりには、阿部知事からアーツカウンシルを設立していくことが表明されました。アーツカウンシルは、日本でもいくつかの都府県ですでに設置されていますが、文化芸術に対する助成を基軸に、行政から一定の距離を保ちながら文化芸術政策の執行を担う専門機関です。
長野県ではどのような取組となっていくのか、「種まき」の次なる展開に期待が膨らみます。
取材・構成:いまいこういち
写真提供:一般財団法人長野県文化振興事業団 芸術文化推進室
シンポジウム撮影:田村慶
登壇者の発言は、長野県芸術監督団事業報告書(※)より抜粋、編集しました。
※発行:(一財)長野県文化振興事業団/編集:編集室いとぐち/発行年:2022年