「信州アーツカウンシル キックオフイベント」レポート~信州の多様な文化芸術を、地域の持続的な未来につなぐ~
「信州アーツカウンシル キックオフイベント」が令和4(2022)年6月11日に開催されました。信州アーツカウンシルは、長野県における文化芸術活動の中間支援機関です。今年度から一般財団法人長野県文化振興事業団にアーツカウンシル推進室が設置され、県民主体・地域主体の文化芸術活動に対する助成を軸に、その担い手の皆さんへの寄り添い型の支援を始めています。
今回のキックオフイベントには県内外から100名を超える来場があり、当日会場は信州の文化芸術を支える新たな取り組みへの期待感に包まれました。今回の記事では、信州アーツカウンシルの概要と当日の様子をレポートします。
信州アーツカウンシルの取り組みの概要
信州・長野県の自然豊かな風土から紡がれる地域文化や、学びを大切にする精神から醸成される創造性を持続的に発展させていくことを目指して「信州アーツカウンシル」は設立されました。
以下の3つをミッションに掲げ、県民主体・地域主体の文化芸術活動への支援を行います。
- 長野県全域において文化芸術活動の創造力・発信力を高める
- 文化芸術活動のポテンシャルを社会のさまざまな領域に拡げる
- 長野県内の文化芸術活動が持続的に発展する環境を醸成する
また、広い県土に多様な地域性を有する信州・長野県のアーツカウンシルとして、活動のあり方にも特長があります。
① 文化芸術活動の「担い手」を支援する
表現者や参加者だけでなく、企画や運営を担う人、支援者の方たちも含め、文化芸術の場を構成し開いている人たちを広く「担い手」と捉え、文化芸術活動が持続するようにさまざまな角度から支援をしていきます。
② 信州の多様な文化芸術を、多様な主体が支える
信州・長野県には多様な地域文化があり、これを支える役割は特定の機関だけに限られるものではありません。県、大学、民間支援団体、市町村、あるいは個人も含めて、さまざまな主体が連携し支援を行う環境づくりを進めます。
信州アーツカウンシル・令和4年度事業は以下のようにまとめられます。
1:活動基盤強化プログラム-文化芸術活動の創造性を生かす環境づくり支援プログラム
アーツカウンシルの主軸となる助成事業です。地域の文化芸術団体等の持続的な活動に対して資金的支援を行うとともに、相談・助言など寄り添い型の支援を行います。
2:連携・協働プログラム-信州大学人文学部ほか連携協働団体と協力して行う取り組み
マネジメント人材の育成・文化芸術支援活動の相互協力など、多様な主体によって文化芸術活動を支える環境づくりにつなげていく具体的な取り組みです。
3:社会包摂(インクルーシブ)プログラム-長野県障がい者芸術文化活動支援センターとの協働
誰もが文化芸術活動に参加できる仕組みづくりを進めるため、初年度は、社会福祉法人長野県社会福祉事業団に今年度設置された長野県障がい者芸術文化活動支援センターとの協働に着手します。
4:地域創造・交流プログラム-長野県芸術監督団事業の取り組みを引継ぎ、持続的な形を目指す
昨年度まで、長野県芸術監督団事業で行ってきた「NAGANO ORGANIC AIR」と「シンビズム」の取り組みを、持続的な形で発展させていきます。
これらに加え、信州アーツカウンシルの認知度向上のための活動として、県内各地域での相談会の開催、市町村への訪問・説明等を行います。
信州の多様な文化活動を支える担い手の皆さんに、寄り添った活動を
キックオフイベント当日は、ホクト文化ホールの小ホールに、阿部守一長野県知事、近藤誠一長野県文化振興事業団理事長をはじめとして、県内各地で文化芸術活動に取り組んでいる皆さんが集いました。
冒頭、信州アーツカウンシル長を務める津村卓(たかし)さんがあいさつ。自身も芸術監督を務めた長野県芸術監督団事業のレガシーを受け継ぎ「種を蒔き木を育て、やがては大きな実を実らせることができるように努めたい」と決意を述べました。また「文化芸術の持つ自発的な発想とそこから生まれる多様な価値観を大切にし、信州の多様な文化活動を支える担い手の皆さんに寄り添った活動を進めていくので、ぜひともご協力をお願いしたい」と来場者に呼びかけました。
続いて、阿部守一長野県知事が登壇しました。
阿部知事はまず、公平性や中立性を常に意識しなければならない行政と、多様性や自由度が最大限尊重されなければいけない文化芸術活動の違いについて強調しました。その上で、日々の暮らしの中で心の豊かさをもたらすために文化芸術は不可欠な存在であり、社会的共通資本であることを踏まえて、行政として必要な支援は行いながら、取り組みの進め方に行政は口を出さない、と考えを語りました。そして「10年後、20年後、長野県の文化振興が大きく前進したのは今日の日があったから、と振り返ることができるよう歩んで行ってもらいたい」また、「臨席の皆さんの力でアーツカウンシルを育ててほしい」と、エールを送りました。
次に、信州アーツカウンシルのゼネラルコーディネーターを務める野村政之(まさし)さんが登壇し、アーツカウンシルの概要と令和4年度事業の概要、続けて「1:活動基盤強化プログラム」(アーツカウンシル助成事業)について説明しました。
この助成事業では、「長野県の文化芸術の持続的な発展に資する可能性があり、チャレンジ精神や創意工夫のみられる活動で、自らの問題意識に基づいて社会における課題を設定し、さまざまな人や組織との連携・協働を行いながら取り組む事業」(募集要項から引用)を支援しています。
令和4年度は、4月中旬から約1カ月の募集に応募が65件あり、県内各地域の計21件の事業が採択されました。既に6月中旬から実施されています。
当日は事業が採択された団体から、JDS(松本市)の金井ケイスケさん、NPO法人油やプロジェクト(軽井沢町)の斎藤尚宏さんが登壇し、団体と活動の紹介がありました。
続いて、信州大学人文学部教授の金井直(ただし)さんが登壇。アーツカウンシル設立に準備から関わり、また信州大学人文学部でこれまで取り組んで来た、地域におけるアートプロジェクト等の取り組みも紹介いただきながら、「2:連携・協働プログラム」について、信州大学の立場から考えられる信州アーツカウンシルとの連携の可能性についてお話しいただきました。今後、講義における協力・インターンシップ等の人材養成、アーツカウンシルが実施・支援する事業の言語化や評価、共同での研究プログラムなど、さまざまな形での連携のアイデアが提示されました。
「3:社会包摂(インクルーシブ)プログラム」について、社会福祉法人長野県社会福祉事業団の中村勘二さんから、今年度から新たにスタートした「長野県障がい者芸術文化活動支援センター」の活動について紹介いただきました。今年度は発表の機会として「ザワメキアート展」の開催や芸術文化活動を支援する人材の育成、関係者のネットワークづくり等に取り組むこととしており、障がい者福祉分野の専門家である同センターとの連携による相乗効果に期待が集まります。
今年度事業紹介の最後に、「4:地域創造・交流プログラム」の「NAGANO ORGANIC AIR 2022」と「シンビズム2022」についての説明が行われました。
「NAGANO ORGANIC AIR」は、ダンスや演劇、音楽などさまざまなジャンルのアーティストを招聘し、県内各地で滞在制作(アーティスト・イン・レジデンス)を実施するプログラムです。今年度、王滝村でホストを担当する合同会社Rext滝越の倉橋孝四郎さんと王滝村地域おこし協力隊の近藤太郎さんが登壇し、地域における滞在制作の可能性についての実感を語りました。
「シンビズム 2022」は、県内の美術館学芸員が所属の垣根を超えて交流を重ね、信州ゆかりの現代美術作家のグループ展を企画・開催する事業です。今年度からワーキンググループの議長に就任した中嶋実さん(小海町高原美術館)から、シンビズムを立ち上げられた故・本江邦夫芸術監督の思いや、今年度新たに注力する「対話型鑑賞」による教育普及活動、10月に開催する「シンビズム1」の振り返りとなる展覧会についての紹介がありました。
広い長野県の多様な文化は、日々の暮らしの中でみんなで創り、共有してきたもの
ここまでご紹介した信州アーツカウンシルの具体的な事業、活動全体を俯瞰し、助言・評価をする存在として、信州アーツカウンシルには4名のアドバイザリーボードがいます。
そのうちの1人であり、国内外のアーツカウンシルの調査研究を重ねて来られた株式会社ニッセイ基礎研究所研究理事・芸術文化プロジェクト室長の吉本光宏さんから、「信州アーツカウンシルへの期待」と題し講演を頂きました。
第二次世界大戦直後、英国で発祥したアーツカウンシルは、ナチス・ドイツによる芸術の政治利用への反省から政府と距離を置くことを原則としています。現在、アーツカウンシルには多様な形がありますが、基本的には「芸術文化に対する助成を基軸に、政府・行政組織と一定の距離を保ちながら、文化政策の執行を担う専門機関」と言えます。国内では平成23(2011)年2月の閣議決定により国のアーツカウンシルとして独立行政法人日本芸術文化振興会を機能強化することになりました。「地域アーツカウンシル」は、平成19(2007)年に横浜市が設立したアーツコミッション・ヨコハマを皮切りに、東京都や沖縄県など、この10年の間に多くの都府県や市において設立されてきました。最後に、信州アーツカウンシルに期待することとして、広い長野県の多様な文化を意識し、文化芸術から未来を創造していく「旅する(Journey)アーツカウンシル」を目指してほしいと語り、講演を締めくくりました。
結びの言葉として、一般財団法人長野県文化振興事業団・近藤誠一理事長からあいさつがありました。
近藤理事長は、現在の世界の分断や対立、地球環境の問題など、従来のアジェンダでは解決しえない課題に対し文化芸術の力が求められていると述べ、「文化芸術は、限られた人のための特別な存在ではなく、日々の暮らしにおいてみんなで創り、協力し合って共有され、人々の共感力を高める存在である」と語りました。そして最後に、「目に見える成果が出るには、多少の時間がかかるかもしれないが、先延ばしにせず、アーツカウンシルの仕事に全力でまい進してほしい」と、スタッフに対して激励のメッセージを送り、会は閉じられました。
■助成採択団体のキックオフ交流会を開催しました
キックオフイベント開始前の時間に「活動基盤強化プログラム」の助成事業採択団体の皆さんが集い、「キックオフ交流会」を開催。各団体から自己紹介や取り組みの紹介を行い、交流を深めました。各団体の皆さんがお互いの活動に興味を持ち出逢う機会となり、取り組みのスタートに向けて熱気のこもった会となりました。今後の活動においても互いに学び合いながら、県内の活動の充実やレベル向上に繋がっていくことを期待したいと思います。
平成27(2015)年、阿部知事が「文化振興元年」を宣言し、文化事業の財源として長野県文化振興基金を整備しました。これを活用して長野県芸術監督団事業や障がいのある方の表現の公募展「ザワメキアート展」が実施されてきたことが、信州アーツカウンシル、ならびに、長野県障がい者芸術文化活動支援センターの活動開始につながっています。
この間、自然災害や新型コロナウイルスのまん延の影響もあり、社会のさまざまな課題が表面化してきています。そうした中で、心の豊かさを育む文化芸術活動が、人々の心をつないだり、安心できる居場所を提供したり、教育・福祉・まちづくりなどさまざまな分野の取り組みを媒介する役割を果たしたりと、より一層、社会生活にとってなくてはならないものだという認識が広がってきているようにも感じられます。
信州アーツカウンシルの支援によって、さまざまな人達が県民主体・地域主体で文化芸術活動に取り組み、県内で多様な文化芸術が営まれ、持続的な地域づくりにつながっていくことを願いたいと思います。
文:(一財)長野県文化振興事業団アーツカウンシル推進室
撮影:安徳希仁