creative.nagano~アートの場をつくる人びと 第4回 赤羽孝太さん(〇と編集社)
長野県内で、アートや文化によって新たな出会いを生み出す、クリエイティブな場づくりをしている人びとにフォーカスし、お話を伺う「creative.nagano」。この連載を通して、「CULTURE.NAGANO」のサイトに、長野県内のクリエイティブな場所や人のネットワークを浮かび上がらせていきます。
第4回は辰野町でまちづくりに携わる一般社団法人「◯(まる)と編集社」代表理事の赤羽孝太さんです。社名の「〇」に入るのは、地域名、企業、個人…などさまざまで、その「〇」に入るものに伴走し、スポットライトを当てることが仕事とのこと。「まちづくり」という一言ではとても表せないほど、赤羽さんが関わることは多岐にわたります。その一端を、この秋に開催している「トビチ美術館」を中心に伺います。
“空き家の幸”を用いた作品を、空き家や空き店舗に展示する
辰野町で生まれ育ち、大学進学で上京し、設計事務所に勤めていた赤羽さん。2013(平成25)年、辰野町移住定住促進協議会に立ち上げから参加し、平日の会合にも参加しやすいようにと、翌年独立。2016(平成28)年には辰野町集落支援員となって、拠点を辰野町に移しました。それ以降、首都圏との2拠点生活をしています。
目指すのは、「持続可能で、いろいろな人が生きやすい優しいまちづくり」。その旗印となっているのは、JR辰野駅から約800メートルにわたって伸びる商店街です。駅の乗降客の減少に伴い、次々と閉められた店のシャッター。それを開けて、以前のショッピングストリートを復活させるのではなく、飛び飛びになっている店をつないで、まちのコミュニティ空間として再定義する。そんな新たな価値観でつくる商店街を、赤羽さんたちは「トビチ商店街」と名付けました。
2022(令和4)年10月15日~11月27日、商店街周辺の空き店舗や空きスペースなど7カ所を会場にして「捨てる神あれば、拾う神あり展 atトビチ美術館2022」を開催。作品は、地域の空き家にあった、捨てられてしまう建具や古い道具など、“空き家の幸”を用いて9人のアーティストが制作しました。
以前は文具などを扱っていた「桂林堂」を改修したギャラリー「gallery tooo」の地下は、素材デザイナー・村上結輝さんが廃材の石膏ボードや、コーヒーかすと牛乳から作る新素材を使ったプロダクトを中心に構成した空間。コーヒーかすは、赤羽さんの事務所や、町内外のカフェから集めたものを使っています。1階は作品になる前の廃材があり、アップサイクルの考え方や可能性を感じることができます。
2階は、フランスを拠点とするアーティスト・DEBOUZIE Karineさんが滞在制作した作品を展示。Karineさんは滞在アーティスト公募からの参加で初来日しました。
同じく公募で選出された彫刻家・島田佳樹さんは、商店街では「げた屋」の愛称で知られる旧吉江邸での展示を試みています。げたや古い道具など、蔵から出てきたものを用いた作品は、まさにこの場所だからこそ生まれたものです。
そして、旧伊那バス辰野営業所をリノベーションした空間にある「&garage」には、金井一記さんと久場雄太さんによるアートユニット「patchbays」が、古材などを活用した空間インスタレーションを展開しています。
特筆すべきは、ほぼ全作品が、24時間無料で鑑賞可能なこと。朝5時に散歩の途中でふらりと立ち寄ったり、飲み会から帰る夜中2時に、ぼんやり眺めたりもできてしまうのです。「いつでも見られるようにしておくと、何度も足を運べるし、その都度見え方も変わる。そういうのが面白いですよね」と赤羽さんは話します。
アートや文化に触れられる場が少ないなら、作ってみよう
なぜ、“商店街”が“美術館”という場に展開していったのか。ここからは、出展作家の1人で、「世界の優れた9人のライトアーティスト」に選ばれた世界で活躍するアーティスト・千田泰広さんと、辰野町の地域おこし協力隊でダンサーでもある鈴木雄洋さんも交えてお話を伺います。
千田さんは、旧辰野町商工会館を美術館兼住民に開かれた創造の場となる「空間美術館」へ改修中。鈴木さんは地域の内外からストリートダンサーが集う「&garage」の運営も行っています。
まずは、「トビチ美術館」を始めたきっかけからお聞きできますか?
赤羽さん
僕は建築畑で、アートについて造詣があるわけではありません。ただ、好きというか、単純に“豊か”だと思うわけです。辰野に戻ってきて感じたのは、文化やアートに触れられる機会が、都会よりも圧倒的に少ないということでした。でも、僕は常にそうなのですが、ないものは作ればいいと思っていて。じゃあ作ろうか、と考えたときに、空き家や空き店舗を使って何をするか、というところが出発点になりました。
2020(令和2)年に辰野美術館と共同企画で展覧会を始めたことが「トビチ美術館」につながっています。美術館がある荒神(こうじん)山周辺には、町のスポーツ施設や温泉施設もあるので、来館者が足を延ばせるような仕掛けを散りばめました。そして2021(令和3)年は辰野美術館での「時のこども展」と同じ期間に、「トビチ美術館」を初開催して商店街との回遊を試みました。このときは、商店街に既存の作品を展示して美術館に見立てることで手いっぱいでしたが、今年は、アーティストが空き家・空き店舗の空間から作品を創作しています。千田さんとの出会い、信州アーツカウンシルの助成事業に採択していただいたこともあり、辰野に滞在して作品を制作するアーティストの公募もできました。
千田さん
公募招待枠のKarineさんはフランスのアヴィニヨンという町から来ているのですが、そこでは毎年7月、演劇祭をしています。1000ほどのプログラムがあって、人が集まるので、ストリートパフォーマーもやってきて、10メートルおきに何かやっている人がいる。今、辰野には500軒ほど空き家があると聞いているので、その全てで展示ができたら面白いですね。
日本だと美術館は気軽に行きづらい、という印象を持っている人もいますが、海外ではジョギングの途中で立ち寄る人も多い。地域の方が散歩の途中で立ち寄るという意味では「トビチ美術館」は世界標準ですね。24時間オープンしているなんて、斬新すぎる。アートは、特に地方だと嫌がられるというか、「そんな訳の分からないものにお金を出すのは無駄遣いだ」とか、言われることもあります。でも、24時間というのは住民の皆さんから協力を得ないとできないことなので、これが実現できるような関係性を築いてきた赤羽さんたちは、本当にすごいと思います。
許容と共存と共有が、町の多様性を生み出し、面白さになる
鈴木さんと千田さんのお2人は、辰野と特にゆかりはなかったそうですね。
鈴木さん
僕は千葉県出身で、大学卒業後は大手不動産デベロッパーで6年働きました。入社して関西に配属になり、その後、東京に戻ってきましたが、QOL(クオリティオブライフ)が全然違う。大阪に住んでいたときは、家の近くにスタジオやクラブがあって、周りにダンサーもいっぱいいました。東京も遊ぶ場所はありますが、同じ遊び方をしていたら、金銭的にもたない。僕が欲しているものに関しては、クオリティーに差がなかったので、大阪の方が“豊か”だと感じていました。仕事も、この先人口が減っていくのに新たに建てるということを続けるのはどうだろう、と思うようになって、選択肢に地方が入ってきました。
東京から日帰りで行けるくらいの距離で考えて、いくつかの候補の1つとして、初めて辰野に来たのは2019年の12月でした。昼の1時過ぎに駅に着いたら、誰も歩いていなくて、「あれ?」って思いましたけど(笑)。そこで開いていたのが、赤羽さんの事務所「STUDIOリバー」でした。それで、割と直感でここにしようと決めて、翌年の4月には町の地域おこし協力隊の移住定住担当として着任しました。
千田さん
僕が初めて来たのは、2021年の春先でした。海外での展示が活動の中心なので、仕事のしやすさを考えて、ヨーロッパに移ろうと思っていたのですが、コロナ禍で日本に戻ってきて。どうしようか…と思って野村政之さん(信州アーツカウンシル・ゼネラルコーディーネーター)に相談したところ、辰野町を紹介してもらいました。「ホタルで有名」くらいしか知らなかったのですが、車から降りて、町を歩いたときから、とても良い印象を受けました。町にあるものが、ちゃんとデザインされている。そして、その日初めてお会いした、赤羽さんの存在が非常に大きかったです。
それで移住して、今はお2人ともそれぞれ場を持っていらっしゃいます。
赤羽さん
場を持っているということは、それだけで価値や可能性が生まれますよね。僕は「&garege」や「空間美術館」みたいな場所は作れない。その人だから、できることがある。2人ともプレイヤーであり、かつ、場も持っていることは大きな強みだと思います。
鈴木さん
でも、僕は移住した当初は全然そういうつもりはなかったんです。辰野に来てからしばらくして、町の施設を借りて1人で踊っていたら徐々に仲間が集まってきて、さらに商店街にあるコーヒースタンドの店長として以前から名前を知っていた素晴らしいダンサーの方が現れて。そして赤羽さんから「空き店舗を使ってスタジオを作らない?」と誘ってもらって。人がいて、場所があって、もうつなげるだけという状況が勝手にできあがっていました。
「&garege」には、ヒップホップカルチャーの4つの要素、DJ、ラップ、ダンス、グラフィティが全て入っています。この建物には4つスペースがあって、ここはもともとはバスの洗車場。昨年9月にオープンした時は、ほかのスペースは何も決まっていませんでした。でも、人の流れができれば、それをターゲットにした商売が生まれる。ここに来る人をターゲットにする店は、たぶん僕も好きな店なので、ここを好きな人を大事にして増やしていけばいい。オープンを告知するフライヤーに「こうなったらいいな」という僕の妄想を描いたら、この春、本当に古着店ができました(笑)。
千田さん
僕は「空間美術館」に4つの機能を持たせたいと考えています。僕の工作機械を共有して、何か作りたい人が自由に使える工作室。ものを作る上で必要な知識を得るための図書室。アーティストが泊まって制作できるレジデンス。そして、僕の作品を常設する展示室。別に社会貢献という気はなくて、誰かが来て、何かをやっていたら楽しいかな、と思っています。
時代の影響もあるかもしれませんが、今までは専有に価値があったのが、そうではなくなってきていると感じています。以前、種子島の展示で、家を1軒借りて滞在していたのですが、台風が来ると言われて用意していただいたホテルの部屋に避難しました。ほかのスタッフは雑魚寝できる場所に集まっていて、そこでは皆、冷蔵庫の中の物を持ってきていて、自然と宴が始まる。僕は一人で、部屋でカップラーメンを食べて…寂しいじゃないですか。リゾート地の、1泊何十万円もするような部屋でプライベートビーチがあっても、1人では楽しくないですよね。お金をかけて独り占めできる空間を作ることが、果たして豊かなことに結びついていくのか…。まあ、人がいっぱい来ると、あまり得意ではないので疲れますけど。
赤羽さん
1人で仕切ろうと思わずに、皆、好きだからそれぞれが勝手にやっている。その日常を共有している。それが無理せず続けられる、持続可能なかたちなのかもしれません。
千田さん
今後、完成したスペースからオープンする予定ですが、自分でもよく分からずにやっています。美術のことで言えば、日本でやる意味はゼロで、もっと言えばマイナスかもしれません。そんな中でなぜやるのか、分からずにやっています。
鈴木さん
分からないから、やっているんじゃないですかね。ダンスも“沼”ですから。こうなりたいって明確な目標はなくて、だからやめられない。つかみきれないから続けているのかもしれません。
千田さん
最初に出会ったのが、赤羽さんたちで良かったです。地元のコミュニティーといきなり直接関わるというのは簡単ではないので。
鈴木さん
ここは練習していたら、千田さんがふらっと覗きに来てくれたり、隣にあるコインランドリーで「乾燥待ち」をしているおじいちゃんが急に顔を出したり。なかなかほかにはない場所で、面白いですよ。
赤羽さん
この町には、余白がたくさんあります。もう、スカスカで選びたい放題です。それはどこの地方でも同じようなものだと思いますが、その状態で、外から入ってくる人を許容できるか、共存できるか、共有できるかが大切。多様性とか、許容性とか、言葉にすることは簡単ですが、実際はそれだけだと思っています。辰野は、昔から「一つにまとまらない町」と言われていますが、今だと多様性と許容性があふれる町、ということになりますかね。時代が辰野に追いついた、と言っておきましょう。
辰野美術館では「その一泊から、見えるもの。誰かのふるさと展」を同時開催
「トビチ美術館」と同じ期間、辰野美術館では共催企画の第3弾として「その一泊から、見えるもの。誰かのふるさと展」が開催されています。同館学芸員の川島周さんにもお話を伺いました。
-
辰野美術館は、学芸員が私1人だけなので、企画に偏りができてしまうのではないかと危惧する気持ちがありました。なので、赤羽さんたちから美術館の企画を一緒に考えたい、というお話をいただき、新しい視点が入って面白いものができるのではないかと思いました。
最初に開催した「目的のない旅展」(2020年)では、自転車で世界を旅した13人の写真と言葉を紹介しました。コロナ禍でなかなか旅行にも行けない中、世界各地を旅する気分になれたからか、たくさんの人が見に来てくださり、前年度を上回る来館者数を記録しました。川島周さん今回の展示は、昨年、町がAirbnb(エアビーアンドビー)Japan株式会社と移住定住や企業誘致の促進、関係人口の創出の推進を目的としたパートナーシップを締結したことがきっかけで企画しました。7つのゲストハウスを、写真や文章で紹介。施設そのものではなく、ホストやゲストのストーリーにスポットを当てて、地域とのかかわりも見えるものにしています。
私は生まれも育ちも辰野町で、大学で上京してUターンしました。徐々に寂しくなっていく商店街の様子も見てきました。でも、ここ2、3年はお店ができて、車で通りかかっても、明かりがついていたり、人が歩いたりしているのが分かります。「トビチ美術館」を見ていると、商店街という日常の暮らしの中にアートや文化が広まっている、ということを感じます。美術館は日常からちょっと離れた空間だと思うので、これからも、それぞれの良さを生かして、相乗効果を生み出していければと思っています。
好きなことをやっている人を見ると、自然と楽しそう、と思えます。そして楽しそうな人の周りには、また自然と人が集まり、場が生まれます。
赤羽さんは「開放していったほうが、より自由に、楽しくなる」と言います。「トビチ商店街」はこの3年で“美術館”という新たな場を生み出しました。どんどん開いていった先に、広がる世界。次はどんな場ができるのか、とても楽しみです。
取材・文:山口敦子(タナカラ)
撮影:古厩志帆
トビチ美術館
2022年10月15日(土)~11月27日(日)
トビチ商店街(下辰野商店街)
その一泊から、見えるもの。誰かのふるさと展
2022年10月15日(土)~11月27日(日)
辰野美術館
開館時間:9:00~17:00(入場は16:30まで)
休館日:月曜日
入館料:大人500円、学生300円、小学生以下無料