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北斎の画業を深く味わい、信州での足跡をめぐる「葛飾北斎と3つの信濃 -小布施・諏訪・松本-」

北斎の画業を深く味わい、信州での足跡をめぐる「葛飾北斎と3つの信濃 -小布施・諏訪・松本-」

江戸時代後期の天才浮世絵師・葛飾北斎(1760~1849年)の貴重な作品を展示する特別展「葛飾北斎と3つの信濃 -小布施・諏訪・松本-」が、長野県立美術館で開催されています。
6月30日に行われた内覧会では本展監修者で小布施町・北斎館館長の安村敏信さんと担当学芸員の上沢修さん、お二方のギャラリートークが行われました。
安村さんと上沢さんのお話を振り返りながら、本展の見どころを紹介します。

北斎ゆかりの信州を新たな視点で

葛飾北斎は1760年、東京都墨田区生まれ。19歳の頃から勝川春草に入門し浮世絵を学んだのち、狩野派、土佐派、西洋画法など多彩な画風を習得し、風景画や美人画、肉筆画においても多くの作品を残しました。没後160年以上経つ現在でも、北斎の人気は衰えることを知りません。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-「ひらがな落款シリーズ」の魅力を語る安村敏信さん

安村さんと上沢さんは、「長野でしかできない北斎展をやりたい」と考え、「北斎と小布施」はもちろん、「北斎と諏訪」「北斎と松本」といった3つのテーマのもと、「北斎にとって信濃とは何であったのか」に迫る展覧会を企画しました。

第1章となる「北斎と小布施」の関係をご存じの方は多いと思いますが、第2章「北斎と諏訪」、第3章「北斎と松本」の展示は、北斎の知られざる画業と足跡、その影響力を、より深く知る機会を提供してくれるものです。

では、3章を順にご紹介していきます。

小布施と北斎のコラボレーション

「第1章 北斎と小布施」では、本展覧会のシンボル的存在である小布施町の上町祭屋台と、岩松院本堂天井絵として描かれた「鳳凰図(通称・八方睨み鳳凰図)」の原寸大複原図が圧倒的な存在感を放ちます。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-2階から上町祭屋台と「鳳凰図」を望む。1階展示室のみ写真撮影可(三脚とフラッシュの使用、動画撮影は不可)

安村さんは、北斎館を開館して初めて外に上町祭屋台を持ち出し、2階展示室から眺めるという機会を得て、感動したと言います。

「この会場のすばらしいところは上町祭屋台を上や後ろから眺められることです。これは2度とない機会かもしれません。皆さんもぜひ、さまざまな角度から観ていただきたいと思います」

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-小布施町上町祭屋台(長野県宝)小布施町上町自治会蔵。髙井鴻山のコーディネート、北斎と住民とのコラボレーションでつくり上げられた。『水滸伝』に登場する公(皇)孫勝と龍の彫刻にも注目。公(皇)孫勝は小布施町に隣接する高山村の彫師・亀原和田四郎によるもの

上沢さんは今回の展示の際に照明を当てたところ、上町祭屋台に据えられた木造彫刻・公(皇)孫勝の目が玉眼であるかのように輝くことに気が付きました。材質は不明ですが、暗闇のなか提灯の明かりに照らされて光る伝説の偉丈夫の目は、当時の人々にどのような印象を与えていたのでしょうか。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-葛飾北斎《岩松院本堂天井絵「鳳凰図(通称・八方睨み鳳凰図)」原寸大高精細複原図》NTT ArtTechnology/アルステクネ蔵
葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-3000億画素という超高精細のデジタル化技術により、絵の具の質感や立体感まで忠実に再現

祭屋台の背後にそびえるのは「鳳凰図」の原寸大高精細複原図です。畳にして21畳になる巨大な天井絵を壁一面に展示しており、岩松院で5mの高さにある「鳳凰図」を仰ぎ観る時とは違った視点で、北斎の描いた鳳凰に向き合うことができます。

「鳳凰図」の原図や線描下絵といった制作過程を垣間見ることができる貴重な史料、《上町祭屋台天井絵「女浪」図》《東町祭屋台天井絵「鳳凰」図》(ともに長野県宝)と併せて、北斎を招いた「小布施の豊かさ」を多様な視点で味わいましょう。

北斎の多彩な画業を体感する

続いての展示では、浮世絵木版画のシリーズが並びます。上沢さんは「北斎は当時の絵師としては非常に先進的でした。なぜかというとあらゆる画法を学んでいたからです」と紹介。舶来の銅版画を通して知った線遠近法(透視図法)など、浮世絵木版画の特性をふまえながら西洋画の空間表現に挑戦した揃物(そろいもの)が展示されています。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-葛飾北斎《ぎやうとくしほはまよりのぼとのひかたをのぞむ》名古屋市博物館蔵[前期のみ展示]。「ひらがな落款シリーズ」より。何点か残っている作品だが、虹が描かれているのはこの1枚だけ

北斎のユニークな一面を知ることができるのが、30代後半に描いたと言われる「ひらがな落款シリーズ」。画面の端にある落款は、ひらがなを90度回転させてアルファベットの筆記体のように描かれています。遠近法やぼかしによる陰影、ひらがな落款などの洋風技法を駆使しており、新たな表現を生み出そうとする北斎の心意気を知ることができます。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-葛飾北斎《おしをくりはとうつうせんのづ》名古屋市博物館蔵[前期のみ展示]。「ひらがな落款シリーズ」より

本シリーズの《おしをくりはとうつうせんのづ》は、「世界一有名な波」と言われる《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》の30年近く前に描かれたもの。北斎が生涯を通じて描いた波モチーフの変遷を、こうしたシリーズで観ることができるのも、本展の魅力です。

続いては、「冨嶽三十六景」について、上沢さんからの見どころを紹介します。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-右から葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》《冨嶽三十六景 凱風快晴》《冨嶽三十六景 山下白雨》日本浮世絵博物館蔵[前期のみ展示]

「三十六景は実は36図で終わらず、好評だったため10図追加されて46図で構成されています。今回は前期と後期いずれも46図を展示しますので、いつでも全作品をご覧いただけるのが特徴です。また、後期に展示される《凱風快晴》は初刷りといいまして、北斎が出版するまで見届けて刷り上げたものが展示されます。前期に展示される《凱風快晴》と印象がまったく違いますので、ぜひ見比べていただきたいです」

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-「冨嶽三十六景」展示の様子

続いては肉筆画の名品が並びます。もともと六曲一隻の屏風として描かれた6図のうち、現存する5図(残り1図は所在不明)をそろえて展示する「六玉川図」ほか、疫病を鎮める祈祷を描いた約1.5m×2.4mの巨大な《弘法大師修法図》、吉原の遊廓を描いた美人画《隅田川両岸景色図巻》、怪談を題材とした不気味でユーモラスな「百物語」のシリーズなど、北斎の画業を振り返る豊富な作品が並びます。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-六曲一隻の屏風として描かれた「六玉川図」の5図(残り1図は所在不明)
葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-葛飾北斎《隅田川両岸景色図巻》(部分)すみだ北斎美術館蔵。隅田川の風景と吉原の遊廓を描いた640cmにおよぶ肉筆画。前後期で全貌を観ることができる

水の意匠を描き分けた「諸国瀧廻り」について安村さんは、「例えば、《諸国瀧廻り 木曽路ノ奥阿彌陀ヶ瀧》でしたら、岩から吹き出た青い血のように見える不気味さを感じます。水のあり方のひとつとして、血のようなべっとりした質感を表現している――、そういった北斎の見た『視覚の中にある幻想』が魅力的であり、当時のヨーロッパの人たちにも驚きを与えたのではないかと思います」と、北斎作品が人々の心をくすぐる理由を探ります。

北斎が諏訪を訪れた!?

第2章の「北斎と諏訪」では「冨嶽三十六景」で唯一信州が描かれた《冨嶽三十六景 信州諏訪湖》とともに、長く秘蔵されていた《千野兵庫肖像》とその模写本《千野貞亮(兵庫)・貞慎・松花園肖像》を特別公開し、北斎と諏訪の関係を俯瞰します。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-葛飾北斎《冨嶽三十六景 信州諏訪湖》日本浮世絵博物館蔵[前期のみ展示]

諏訪高島藩の家老であった千野兵庫の肖像画が、どこで描かれたのかという史料は見つかっていませんが、安村さんと上沢さんは、北斎が諏訪を訪れて描いた作品なのではないかと推測します。その理由は、落款にわざわざ江戸の絵師であることを示す「東陽」が記されていること、模写本には兵庫の息子貞慎も描かれていることが挙げられます。そして、千野親子の傍にある文房具などの愛用品の生き生きとした描写からも、「諏訪に行ったからこそ描けた絵なのでは」と感じることができます。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-左から葛飾北斎《千野兵庫肖像》個人蔵、《千野貞亮・貞慎・松花園肖像》諏訪市博物館寄託

「兵庫の没年と同じ年(1812年)の秋頃に、北斎は突如名古屋に現れ、『北斎漫画』のもととなるスケッチを描いています。なぜ名古屋にふらりと現れたのかは謎でしたが、千野親子を諏訪に訪れたあとに立ち寄ったと考えることもできます。この50代の頃の思い出があったからこそ 『冨嶽三十六景』で諏訪を描いたのでは…」と安村さんは熟考します。

ぜひ本物を観て、北斎の足跡を体感していただきたいと思います。

北斎の門人・抱亭五清が伝える松本の豊かさ

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-「第3章 北斎と松本」に展示された抱亭五清の作品

「第3章 北斎と松本」では、北斎の弟子のなかでも特に優れた浮世絵師のひとりといわれる抱亭五清の作品30点を展示します(前期・後期で入れ替えあり)。単なる肉筆画ではなく、ろうけつ染技法と絵画技法を合体させた独自の美人画を描くなど、日本の絵画史上において非常にユニークな画法を示したのが抱亭五清です。「五清は北斎の影に隠れてあまり知られてきませんでしたが、今回、初めてこのようなかたちで紹介することができました」と上沢さん。

「第2章 北斎と諏訪」「第3章 北斎と松本」をつなぐように、五清の弟子で諏訪出身の絵師・中沢光信が諏訪大社に奉納した絵馬《巫女活け花図》(前期のみ展示)も展示されています。

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-左から抱亭五清《砧打ちの母子》すみだ北斎美術館蔵、《花籠と美人図》日本浮世絵博物館蔵[前期のみ展示]

「今回の展覧会では小布施、諏訪、松本と言っていますけれども、まさに諏訪と松本が抱亭五清の弟子の作品によってつながったんです」と安村さん。そしてなんと、本展の新聞記事をきっかけに、五清の作品が松本で新たに見つかったといううれしいニュースがあったことも教えてくださいました。

「五清は六曲一双の大きな作品などを残していますので、これからも幅広い作品が松本で発掘されるかもしれません。そうなったらおもしろいですね」(安村さん)

葛飾北斎と3つの信濃-小布施・諏訪・松本-疫病を表す鬼を鎮めるため一身に祈祷する 葛飾北斎《弘法大師修法図》(重要美術品)西新井大師總持寺蔵[前期のみ展示]

前後期併せて278点が展示される「葛飾北斎と3つの信濃―小布施・諏訪・松本―」展。前期と後期で展示替えが行われ、それぞれで刷りの異なる作品や図巻の違う場面を観ることができるのも楽しみですね。

7月29日(土)には安村さんによる記念講演会も開催されます。長年日本美術史を研究し、江戸文化に詳しい安村さんによるお話をお聞きし、天才絵師・葛飾北斎の作品世界をより深く感じてみてはいかがでしょうか。

取材・文:水橋絵美
撮影:平林岳志

信濃毎日新聞創刊150周年記念特別展
葛飾北斎と3つの信濃 -小布施・諏訪・松本-
前期:7月1日(土)~ 7月30日(日)
後期:8月3日(木)~ 8月27日(日)
開館時間:9:00~17:00(展示室入場は16:30まで)
休館日:水曜日、7月31日~8月2日(展示替えのため休室)
観覧料:一般1,600円、中高生800円、小学生以下無料

【記念講演会】
2023年7月29日(土)13:30~15:00
会場:長野県立美術館 本館B1Fホール
講師:安村敏信(北斎館館長、本展監修者)
参加費:無料(要観覧券)
定員:70名(先着順)
申込:不要 当日先着順(受付開始13:00)

長野県立美術館

長野県立美術館
長野市箱清水1-4-4(城山公園内・善光寺東隣)

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