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長野県立歴史館 県民が購入した“文化財”を次の世代に伝えるために

長野県立歴史館 県民が購入した“文化財”を次の世代に伝えるために

長野県民にはなじみ深い、武田信玄(晴信)と上杉謙信が戦った川中島合戦。その戦況の経過や最前線で戦う武士の様子をうかがい知ることができる「武田晴信書状」を、このほど、長野県のふるさと納税を利用したクラウドファンディングによって長野県立歴史館が購入しました。信州の歴史を振り返る際に重要な史料であり、長野県にとって貴重な文化財が新たに所蔵されます。

8月12日(土)~20日(日)の特別公開を前に、同館の笹本正治特別館長と、県教育委員会文化財・生涯学習課文化財係主任の柳沢美里さんに、書状とクラウドファンディングのこと、歴史館の役割や今後の展望についてお話を伺いました。

書状は「川中島合戦」を知るための貴重な史料

書状が見つかったと、京都の古書店から連絡が入ったのは2020(令和2)年のこと。同館は本物の書状と判断し、購入に向けて準備を始めました。「川中島合戦における武田信玄(晴信)書状購入プロジェクト」を立ち上げ、2022(令和4)年12月、クラウドファンディングによる寄付を募集。文化財の購入に寄付を募るのは、県にとっても初の試みでしたが、募集期限の3日前に目標額の315万円を達成。終了時には334万円となり、納付書でいただいたものも含め、最終的には339万4,000円が集まりました。

写真:長野県立歴史館クラウドファンディングでは334万円が集まった
写真:長野県立歴史館武田晴信書状

川中島合戦では、甲斐の武田信玄と、越後の上杉謙信が北信濃領有を巡って数度にわたって戦っています。主な戦いとされる5回のうち、最も有名なのが、武田勢2万人と上杉勢1万3千人が激突したという第4次(1561年)。この書状はそれより以前に書かれたものと推定されています。

書状は縦26センチ、横37センチ。晴信の名前と花押があり、一番左にある宛名には、埴科郡寺尾郷(現在の長野市松代町東寺尾)を拠点とした寺尾刑部少輔とあります。

記されているのは、山田城(上杉勢の城)を攻め落として、多くの敵を討ち取ったことについて、「忠節誠無比類次第候(その忠節は誠に比類ないもの)」とし、名を挙げた者へは感状を作って渡す、という内容。さらに、上杉勢の出陣に備えて自身は諏訪郡に移動して進軍する、より一層戦功に励むことが重要と書かれています。

笹本特別館長
「花押は今でいうサインで、少なくともこの部分は信玄本人が書いています。注目してもらいたいのは宛名の位置。この高低が敬意を表していて、身分関係が一目で分かります。そして最後に『恐々謹言』と、これもやはり敬意を表す語で結ばれています。つまりこの書状は、相手に対して非常に敬意を払っているものです。
信玄は強い武将、というイメージを持っている人が多いかもしれませんが、相手を敬っている。実は戦国大名というのは、強大な力を持って命令しているのではなく、お願いをしているわけです。書状でも、行動に対して感謝をしつつ、『これからもひとつよろしく』と言っているんですね」

川中島合戦については、史料に基づいた研究は進んでいません。信玄と謙信の一騎打ちなど、真偽のほどがわからないものも含め、ドラマチックに描かれている部分が多いのではないかと、笹本さんは疑問を呈します。

写真:長野県立歴史館笹本正治特別館長

笹本特別館長
「歴史というのは面白いことが強調されて伝わります。残されたものも、誰かにとって利益があるから残されている、と考えられます。現在の意識で歴史を紐解こうとすると、今の時代から見て都合のいいように解釈してしまうこともあります。だからこそ、きちんとした史料に基づいて、検証しなければならない。
私は、川中島合戦は地元の武士が主体だと考えていますが、多くの人にとっては、信玄と謙信の戦いというイメージです。でも考えてみてください。歴史を作るのは各国の首相でしょうか?違いますよね。歴史というのは、私たち一人ひとりに責任があります。それを放棄して、特定の人が歴史を作っている、ということにするのは得策ではありません」

今回購入した書状によって川中島合戦の研究や解明が進むこと、そしてこれをきっかけに、史料が新たに発見されたり、再評価されたりして史実が明らかになることが期待されます。

目標金額の達成だけではない、クラウドファンディングの成果

県にとって、文化財となる書状の購入を呼びかけるクラウドファンディングは初の試みでした。ここからはお二人にお話を伺います。

笹本特別館長
「歴史館では、史料購入費として年間300万円の予算があります。しかし、書状を購入することになった段階で、その年の使い道は既に決まっていました。翌年に持ち越すということも考えましたが、その一方で、クラウドファンディングを活用すれば、単に購入費を集めるだけではなく、歴史館の活動を県民の皆さんに知ってもらう機会にもなるのではないかと思いました」

柳沢さん
「歴史館の業務の一つとして、歴史史料の収集・整理・保存があります。史料購入費は年度ごとに予算を取っていますが、それとは別の形でクラウドファンディングという手段もあるのではないか、と提案しました。初めてのことなので、いったいどのくらいご協力いただけるかは分からない面もありましたが、歴史館の皆さんが周知にも尽力してくださり、多くの方にご協力いただけた。本当に感謝しています」

写真:長野県立歴史館県教育委員会文化財・生涯学習課文化財係主任の柳沢美里さん

今回のクラウドファンディングは、寄付金額の全てがふるさと納税の対象となるもの。寄付してくれた方へのお礼は、書状の特別公開や、笹本さんによるオンライン解説会でした。品物としてのリターンがない分、より多くの人に知ってもらう必要があると、歴史館では記者会見を開いて各メディアに取り上げてもらったり、SNSでシェアを呼びかけたりと、周知活動に力を入れたと言います。その甲斐もあり、目標金額を達成しました。

笹本特別館長
「結果として、これだけ寄付が集まったということに大きな意味があります。目標金額を達成した、ということだけではなく、文化に関心を寄せる人がこれだけたくさんいるということが分かった。長野県は教育県と言われますが、具体的には何をしているのか。博物館・美術館の数は全国1位ですが、実態はどうなのか。私たちは県民の皆さんが文化に対して深い興味を持っているということを前提として、活動していきたいです」

柳沢さん
「寄付してくださった方からは、歴史館できちんと保存・保管して、多くの人に見てもらえるようにというコメントがありました。県が全てを管理するということは難しいですが、各所と連携しながら、より良い方法を検討して、皆さんと一緒に取り組んでいければと思います」

笹本特別館長
「今、地域の祭りや文化財など、危機的状況にあるものがたくさんあります。大事な文化、文化財をどうやって後世に伝えていくかは、県教育委員会や私たちが協力して取り組まなければいけない。今回はその第一歩になったのではないでしょうか」

写真:長野県立歴史館

展示の前提にあるのは収集。良いものを集めて、次の時代へ

歴史館は1994(平成6)年に開館。来年は、30周年記念展として川中島合戦を取り上げる予定で、今回の書状はその目玉にもしたいそうです。

笹本特別館長
「今回のクラウドファンディングは、大きく3つの意味があります。1つ目は、史料を公的機関で所蔵し、管理が行き届いた状態で保存ができるということ。川中島合戦の現場であるこの地域に残すことができたことにも大きな価値があります。
2つ目は、県民の皆さんに歴史意識を醸成することができたこと。史料にお金を出すことについての賛否や、歴史館の存在について考える機会になりました。
そして3つ目は、面白おかしい歴史ではなく事実を考えさせるための材料を得られたこと。古文書をどう扱うかについては、多くの問題があります。どう捉え、どう理解するかは時代によって変わるし、同じものを見ても人によって異なる見解が出てきます。しかし、その前提として、ちゃんとしたものを見せられる体制を整えておく必要があります。今回の書状を高い買い物だと感じる人がいるかもしれませんが、長いスパンで見ると決してそうではない。県民にとって大きな財産になるものです」

写真:長野県立歴史館

笹本さんは「ただ、これほど価値のあるものを県で買えずに寄付を募る、というのは内心どうなのだろうか、という気持ちもありましたよ」と小声で付け加えました。しかし、書状を残すことができ、3つの意味を位置付けることができたことは良かったと、笑顔を見せます。

笹本特別館長
「皆さんにとっては、歴史館は展示品を見る場所かもしれません。しかし、展示の前提となるのはさまざまな資料の収集です。順序としては、収集、研究・保管、そして展示。良いものを集めて、良い形で次の時代に伝えていくことが私たちの使命です。なかなかそちらに意識を向けてもらうのは難しいですが、さまざまな方法で県民の皆さんと接点を作って、歴史館の存在、そして役割について知ってくれる人を増やしていきたいと思っています」

クラウドファンディングで寄付をした方からのメッセージの中には、「長野県立歴史館は県民の財産」というものがありました。その価値に気付く人を増やすことが、文化の醸成や創造につながっていくのかもしれません。
長野県の歴史・文化の拠点である県立歴史館。200人近くの寄付で購入した「武田晴信書状」を、そしてほかにも数多くある私たちの財産を見るために、この夏、足を運んで見ませんか?

取材・文:山口敦子(タナカラ)
撮影:阿部宣彦(LocalSwitch)

「武田晴信書状」特別公開
長野県立歴史館 常設展示室
8月12日(土)~ 20日(日)
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
常設展示室の観覧料(一般300円、大学生150円)が必要です。

長野県立歴史館

長野県立歴史館
千曲市大字屋代260-6

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